第51話 一緒に帰ろう
友美の七色の輝きを放つ翼から、究極の無の波形が大気を歪ませ、陽炎の鎧に向かって放射された。それは、陽炎の鎧の霊体構造を貫き、怨霊の核へと届く。
「ヌウーッッ!!…なんだっ!榊友美ぃぃーっ。…てめぇ!なにしやがったぁーっっ!!」
物理的な消滅ではなく、『アブソリュート・エンド』は陽炎の鎧の怨念の記憶と、存在意義を、根源から無に書き換えていく、ゼロの真骨頂である。
「あぁあ…あがっ……」
徐々に陽炎の鎧の核が、霊子の根源へと帰していく。それは、とても耐え難い苦痛を奴に与えているようだ。いっそ、一思いに消滅させてやった方が情け深いんじゃないかとも思う。
…だが、それは、私も同じだった…
放射を続けるほど、身体を激痛が駆け巡る。先ほど放った『アトミック・デス・マックス』で限界を超えていた私の意識は、もはや消滅寸前だった。
陽炎の鎧に目を向ける。すでに奴の動きは完全に停止していた。霊圧はノイズを立てながら、自我を失ったかのように呆然自失の状態に陥っていた。しかし…
(くっそぉーっ!…だっ…駄目だ…意識が…意識がもたない…。もう少し…もう少しで、コイツを消し去ることができるのに…)
そして…ついに、私は全ての霊力を使い果たしてしまった。命を燃焼させ、その場で静かに崩れ落ちていく。
七色の輝きは、霊気の粉塵となって霧散した。翼の霊圧で浮遊していた私は、それを失い、力無く落下する。
次の瞬間、自我を失った陽炎の鎧の霊体から、伽耶を貫いたシルバーコードが、反射的な最後の攻撃として、崩れ落ちていく私めがけて高速で突き出された!
「友美!!」
聖也は伽耶を抱き抱えた状態で動けない。だが、その刹那、大成が,私の盾になるよう位置を定めて、『時空の断層』を発動させた。
突然、目の前に現れたのは、大成の背中…さらに、薄れゆく意志の中、彼の言葉だけ鮮明に聞こえた。
「バカ孫…。あと一踏ん張りだ!…根性を見せやがれ…
刹那、シルバーコードが、私を庇うように現れた大成の胸部を貫いた。
(…えっ…)
「ぐっ…!!ぐぼおっっ!!」
(はっ!)
「大成っーっ!」
大成の霊体が、光の粒子となって散っていく。目の前で、朽ち果ていく祖父…。その瞬間、まるで、時が止まってしまったかのように全てがスローモーションに見えた。
祖父の奥では、感情が欠落し抜け殻とかした陽炎の鎧が見える。私は最後の力を振り絞って霊気弾を手のひらに集約した。
(ありがとう。大成…おじいちゃん…)
「い…いくぞ…陽炎…。これで、本当に最後だっ!粉々に砕けやがれーっ!」
それは、破壊に特化し、自我を失った陽炎の鎧の器を、完全に塵に還すための、純粋なエネルギーの塊だった。
「ズドオオォンッ!!」
霊気弾は、抜け殻になった陽炎の鎧の胸部に直撃した。そして、その霊体は、爆発的な霊視分解を起こし、破片として四散した。あとは、その破片を自らの身体に封印するのみだが…。
「……あと一歩…あと一歩で完全に、この身体ごと消し………」
私の意識は…そこで途切れた。
(…友美さん…)
(…えっ?…)
(…友美さん…ありがとう…迷惑かけてすまなかった…)
(……だれ?…だれかいるの?…)
気がつけば、私の身体が宙に浮いていた。足元を見渡すと、4、5メートルくらい下に、見たことのある出で立ちの女性が、項垂れるようにうつ伏せで倒れているのが確認できる。…私だった。
(…そうか…私、死んじゃったのか?…)
(…大丈夫だ…まだ、間に合う…)
私は、声の聞こえる方へ顔を向けた。そこには、薄っすらと人の輪郭が揺れていた。
(…君には感謝している…あとは私に任せてくれ…)
次第に相手の声が、はっきり聞こえ始めた。それにともなって、輪郭も鮮明になる。
(…あなたは…)
(…銀次だ…)
(…銀次…そう…よかった…やっと…会えた…わたし…あなたに…お願いがあるの…)
(…分かってる…あれだけの霊子レベルでの破壊…当時の私には、不可能だった…でも、今は……。任せてくれ…浄化させる…この身と一緒に…)
(…銀次…あなた…本当は…リチャードの…)
(…リチャードの…だって…なるほど…君はリチャードの記憶から、私と彼の関係を、すでに知っていたのか…)
(…ええ…。銀次、あなたは彼の…)
(…そう。リチャードは私の兄だ。…そして君には兄弟揃って、助けられた。…精神的にもだ…だから、もう行ってくれ…)
(…銀次…)
(…この館にある2階の図書室に亜空間が存在する。陽炎の鎧の呪縛が消え失せている今がチャンス。そこから君たちの住む街に戻れるはずだ…)
(…分かった!…あっ、あれ?…)
(…なんだ?…)
(…あなた………誰?……)
(…なん…だと?…)
(…えっ!…あっ、…いや……なんでもないわ…)
「友美!しっかりしろ!…おい!戻ってこいっ!」
突然、響き渡る聖也の叫び声。その時、自身の胸元からシルバーコードが出ているのに気づいた。辿っていくと眼下で横たわる私に繋がっている。
…聖也、友美さんは大丈夫か?…
「ああ…大丈夫だ、アラン!友美のシルバーコードが反応した」
私は、その声で覚醒した。
「あっ!聖也っ!…あんたね!一体、こんなところに連れ出して,どう言うつもりよ!。ねぇ、それより伽耶ちゃんは、どうしたのよ!!」
「…どうしたんだ、友美!…なにを言ってる?」
「えっ!?…今、わたし、なんて言って..…あっ!そうだ聖也。わたし…今、銀次と会ったの!」
「ああ。こちらからも視えていた。銀次が、陽炎の奴を!」
…聖也…なんか、友美さんの様子がおかしい…
「分かってる。すぐにでも戻ろう。伽耶の様子はどうだ?」
…大丈夫だ。傷口は塞いだ。あとは回復を待つのみだ…
アランは,そう言うと、銀次に向けて、薄暗いブルーの光を放った。
…銀次…頼む…
銀次は静かに頷いた。そして、空洞と化した己から出現した怨霊の抜け殻を直視する。
(…陽炎…さぁ、私に帰ってこい…イタズラが過ぎたようだな…私は、お前の産みの親としての責任を取らなくてはならない…)
銀次は全身から、漁師が使う、まき網のような霊波を放ち、その抜け殻を包み込んだ。そして優しく手繰り寄せ、抱きしめた。
(…陽炎…すまなかった。私が未熟者だったがために、お前を誕生させてしまった…一緒に逝こう…)
銀次の身体が眩い光に包まれる。そして、その光の渦の中に彼らの姿が溶け込んでいく。
(…アラン…私の甥っ子よ…友美さんのことを頼む…彼女には負担が大きすぎた…心配だ…)
その言葉を聞いて、アランは目を伏せた。
…分かりした。銀次…叔父さん…
やがて、銀次と陽炎の鎧を包み込んだ光は、静かに、その粒子をあたりに拡散させ消えていった。
「終わったな…アラン」
…ああ、これで、佐和子も大成も,報われることを祈りたい…
「報われるさ、きっと…。伽耶も助けられた。癪だが、これも全て…こいつがいたから…」
聖也が私に視線を下ろした。しゃがみ込んでいた私は、二人を見上げる。…だが、思考が上手く働かなかった。虚な目を向ける私に向かって、アランが蛍光色の色を放つ。
…友美さん、本当にありがとう…一緒に帰ろう…




