第42話 ウッドチッパーカーテン
「全滅だと!?何を根拠に…」
「大成、あの原型の技は佐和子の十八番だった。リチャードはその技で粒子まで分解された。だが、今、目の前に発現している奴の技は、その質量を大きく超えている」
「だから、全滅するってか?…おいおい、聖也。腑抜けたこと言ってんじゃねぇぞ」
「なんだと!……チッ、そんなんじゃない。慎重に状況を見極めろと言ってるんだ」
「あのなぁ…攻撃は最大の防御だって、昔から相場は決まってんだよ。おい、聖也!お前もシルバーコードってヤツで、その辺の霊体を操れるんだろ?俺に考えがある…」
「貴様ら、何やってる?ビビって動けないってかぁー。だったら、こっちから行くぜ」
声の聞こえる方へ目をやると、大蛇の頭部に銀次の幽体が確認できる。
…あれはアバターか!…銀次が幽体離脱して、私たちの精神に語りかけている…ってことは…聖也っ!…
「そうか!アラン。カーテンの向こう側の銀次本体は実体化している。これはチャンスだ!実体化してるなら、本体の防御力は俺たち生身の人間と同じはず!!」
「そういうことなら…いいか、お前ら。ここからは先は、この大成様の指示に従え!」
私は三人のやり取りを聞いて奮起した。こんな状況でも、決して諦めない仲間たちが目の前にいる。それが誇らしかった。
(それに大成…。いつの間にか、チームの輪に溶け込んでいる。さすがは榊の血筋か。調子に乗るところはわたしに似ているな。…あっ、私が似たのか)
「リチャード!!」
「なんだ、急に大声だして…」
(なにはともあれ…)
「さっきの話の続きだ。お前の実験台になってやる。とっとと私を究極のハイパーっやつにしやがれ!」
(今度は私の番だっ!!)
リチャードの霊体は静かに光を放った。
「フフフ……いいだろう。願ってもない話だ。だが、榊友美。ひとつ条件がある」
「条件?…分かった。いいわ。さっさとやりなさい」
…ちょ!ちょっと待て!!友美さん、いきなり何を言っているんだ!…安易に返答してはいけない!…
「アランよ。お前は黙っておれ。私は''真の適合者''と話しているんだ」
…真の適合者とはよく言いますね。父上、あなた自身が友美さんを、そうしたんじゃないですか!…
「いいの、アラン。リチャードの目指した世界を私も見たくなったから。それに、この人は損得勘定で動く人じゃない。条件ってヤツも、大体想像できるわ」
「言うじゃないか、榊友美。では、当ててみろよ…私の条件ってやつを…」
「私は、アーカイブから、リチャード、大体のあなたの思考パターンを予測できる。そして…それは、あなたの魂の核を私にトレースすること…だろ?」
リチャードの霊体が、一瞬、強く光を放った。
「そのとおりだ。私の目的は、まずお前と一体となり、究極のハイパーとなること。次にシャーマンを元にしたハイパー生命体の大量生産、さらには立ち上げた新党の教祖となることだ」
「…エゴイストな男だ。いいか、リチャード!私が了解したのは、究極のハイパーになるとこまでだ。その先は思いどおりにはさせない!」
「上等だっ!榊友美。それでなくては面白くない。私の思考がお前を支配するか、お前の自我がそれを凌駕するか勝負だなぁーっ!!ハッハッハッーッ!!」
そう言うと、リチャードは高々に笑った。その表情は、純粋に研究に没頭できる環境を手に入れた歓喜に満ちあふれていた。
…友美さん!なんてことを…
「アラン、お願いがあるの。私は全精神をリチャードとのトレースに使うから、あなたは、万が一のことを想定して、私の魂の核をシーカーズ・センスで保護してて欲しいの」
アランは、困惑めいた深いブルーを放つ。
「大丈夫よ。私を信じて…」
…分かった…
リチャードは満足そうに微笑んだ。
「よろしい。では、これよりを最終融合プロセスを開始する。まずは、榊友美!この部屋の奥にある、残りの苧麻製の手拭いを全て身体に巻き付けろ!」
…苧麻だと!…
「そうだ。アラン、苧麻と霊波は凄く相性がいい。私は、この地下施設に潜む霊体どもの霊波を、苧麻製の手拭いに染み込ませている。真の適合者がそれを巻き付け、私の核と融合すれば、それが起爆剤となり一瞬の間に融合が完了する計算だ」
「それが、いちばんの近道というわけだな。よし!苧麻の手拭いを取りに行くぞ!」
私が踵を返して、部屋の奥へ移動しようとした時、大成の叫び声が聞こえた。
「銀次!その手にしている布切れはなんだっ!」
私は咄嗟に振り返る。
「なんだ!あれ!?奴のアバターが何か持ってるぞ」
そこには、銀次から離脱した幽体が、何やら両手に大量の布切れらしきものを掴んでいるのが確認できた。
「むっ!あれは苧麻の手拭いかっ!チッ!銀次の野郎に先起こされたか…」
リチャードが苛立ち毒づく。部屋の奥に先回りしていたアランが、戻ってきた。
…父上!やられたっ!奴の幽体が殆ど全ての手拭いを持って行った後だっ!…
幽体離脱した銀次の分身が、それを霊的カーテンにランダムに放った。すると、カーテンを構成している霊体たちの粒子と苧麻に染み込ませてある怨念が混ざり合い、ドス黒いモヤが全体を覆った。
「こんなものぉーっっ!!」
大成が、モヤで覆われたカーテンに鉄拳を浴びせるため、片腕を振り上げた。
「いいか!聖也っ!さっきの作戦通りにいくぜっ!俺がカーテンに一瞬だけ風穴を開ける!そこからお前がシルバーコードで銀次本体を叩けっ!!」
「いや!待て、大成!今、奴が放ったのは苧麻の手拭いだっ!…まずいぞ、手を止めろっ!!」
「馬鹿め…もう遅い」
銀次の分身が口角を上げ、霊的カーテンの上から、こちらを見下ろしている。
振り下ろされた大成の腕は止まらない。そのままカーテンに接触!だが…。
「バチバチバチィィーッッ!!!!」
感電したような激しい破裂音が響き、接触した大成の拳から順に手首、前腕、肘、上腕が一瞬のうちに霊的な力で砕け散った。その様はまるで、ウッドチッパー(木材を細かく粉砕する機械)に腕を突っ込んでいるようだった。
「ぐっ!ぐうぉぉぉぉおおーっっ!!」
大成の悲痛な声を上げる。その傷口は鮮やかで、綺麗な断面を残した。
「大成ぇーっっ!!」
聖也の叫びが響き渡る。
「霊体すらも原子レベルで磨り潰す、魂の処刑場……。くそぉーっ!苧麻のせいで、霊的カーテンに最強の防御力が加わっちまった!」
…まずい!まずいぞっ!!あのカーテンに触れたら最後、一瞬にして跡形もなく粉砕されてしまう…
「アラン、苧麻の手拭い、あと何枚残ってた!?」
…五枚ほどだ…
「五枚か…でも、リチャード!」
「ああ。この状況での五枚は上出来だ。絶対枚数には程遠いが、致し方ない。榊友美よ、その五枚を『首』がつく全ての部位に巻け!憑依を開始するぞ!」
「了解だ、リチャード!これで、銀次のウッドチッパーカーテンに対抗できるだろうなっ!!」
「私を誰だと思っている。計算上はあのチンケなカーテンの比じゃないぞ。ただし、究極のハイパーになれればの話だ」
…父上!それは手拭いの枚数に関係があるのですね!…
「そのとおりだ、アラン。だが、その不足分は…」
「私の霊力で補えばいいってことでしょ!やってやる!やってやるわよ!……佐和子さんの遺した光、無駄にはさせない!!」




