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第19話 銀次の結界

 通路内をどこから流れてくるのか、隙間風が首筋をかすめる。ドアノブを握る手が、ひんやり冷たい。


「この向こうに聖也がいる…」


 扉の向こうへ、神経を研ぎ澄ます。自分の唾を飲み込む音が、はっきりと聞こえた。さらにシルバーコードが鮮明に見えるようになる。


 先ほどから、ひとつ、気になることがある。それは、聖也…いや、伽耶に闘争心が感じられないことだ。


 何気に、佐和子と伽耶の方を振り返った。


 …どうした?友美さん…


「アラン、ちょっと妙だと思わない?」


 …妙?…


「さっきから、あの二人、動かないわ。佐和子さんどうやって攻撃すればいいのか迷っているみたいだけど、聖也の幽体まで、何もしてないって変じゃない?」


 …確かに妙だ。反撃はおろか、攻撃さえもしていない…


「伽耶ちゃんの蘇生は上手くいったのよ。いつ目が覚めてもおかしくない。だけど、彼は焦ってない…」


 アランは伽耶の動向を伺った。


 …そうか!…ひょっとしたら彼は逆に、自身のアストラル・プロジェクションが無効になるのを待っているのかもしれない…


(無効になるのを待ってる!?なんでっ!?)


 アランは霊視で、伽耶に取り憑いている聖也の魂を探った。だが、少しターゲットとの距離が離れていた為、上手くサーチ出来ないでいる。


 …少し離れ過ぎたみたいだ。聖也の思考をサーチできない。…だが、彼はそもそも、ただの銀次の操り人形ではなく、何か別の目的を持っているような気がしてなならない…


「…他の目的って…はっ!まさか!」


 私は再度、ドアに貫通しているシルバーコードに視線を合わす。驚いたことに、先ほどよりもさらにディテールが明確に形成されていた。


「ねぇ、アラン。あなた、まだシルバーコード、見えてないの?かなり具現化してるんだけど」


 …いや、見えてない。さっきと一緒だ。ひょっとして、友美さん、ハッキリと見えてるのか?…


「ええ...」


(これ、もしかして..触れられるかも...)


 私は、まるで絹糸のような、光を帯びた聖也のシルバーコードに向けて、そっと右手を伸ばす。


 そして…触れた。


 さらにシーカーズセンスを限界まで発動させる。


 突風が私に襲いかかる。それは洋館の冷気ではなく、魂の奥底から噴き出す、力の濁流だった。あまりの凄さに、激しい頭痛に見舞われ、目を閉じる。


「え!?」


 冷たさ、温かさ、生命の躍動、絶望的な孤独、そして、強烈な知性の輝きと、ありとあらゆる情報が、指先から脳へと津波のように流れ込む。


[丘の上の総合病院][200人以上の妊婦への憑依][100%トレース]……。


(なっ、なんだ…これはっ!?)


「丘の上の総合病院?…それって、わたしの勤めている…」


 流れてくる情報を整理する。衝撃的な内容が多いが、それに惑わされてはいけないことぐらい分かっている。現状の優先順位を見極めなければならない。


 多大な情報をシーカーズセンスで取捨選択をする。

 そして…現状を打破できるヒントを見つけた。


 …友美さん、何をしているんだっ!もし《糸》が切れたらどうするっ!…


「大丈夫。それはないわ、アラン。それにしても、かなり、ヘビーな内容よ。けど…わたし、なんか分かっちゃったかも」


 …なんだって…


 私は踵を返した。そのまま、二人がいる場所に戻る。


 …待て!!なぜ戻る?…


「アラン、あなた、さっき聖也が、アストラル・プロジェクションが無効になるのを待ってるかもっていったわよね?…それ、いい読みよ。裏が取れた」


 …なにか分かったのか?…


「ええ」


 佐和子のそばに戻ると、彼女はすでに戦闘体制を解除していた。腕を組み、伽耶の中に潜む聖也の幽体の動向を窺っている。


 佐和子は霊的センサーを使い、私とアランの会話を一部始終聞いていたようだ。その内容から、彼女もまた何かを勘づいたようだった。


「友美さん、見て」


 私は佐和子に促され、伽耶を見る。彼女のまぶたが少し、痙攣を起こした。徐々に目が開いていく。その瞳は、まだ焦点が合ってなかったが、以前の昏睡状態とは明らかに違っていた。


「うっ、うううぅぅ…」


「伽耶ちゃん!!」


「意識が戻ったようね」


「ガチャ」


 その時、地下施設に繋がる階段のドアが、内側からゆっくりと音を立てて開いた。先ほど私が開けようとしたドアだ。誰か出てきた。


 暗がりを切り裂くアランの放つ光が、聖也の輪郭を露わにする。


「榊友美、お前、俺の思考を読んだな?」


「聖也っ、あなたねぇ!!」


 私は思わず声を荒げた。


「お前が聖也か…。ふぅ〜ん、思ったより子供ね。だけど、雰囲気は銀次そのもの。さすがはコピーっていったところかしら」


「フン!佐和子。お前のその認識は、まもなく覆されるぜ。お前が見ているのは、ただの銀次の器じゃねえ」


「どういう意味?」


「シーカーズ・センスね?聖也、あなたもその能力を持っている。そうでしょ?」


 私のこのセリフで、アランと佐和子は同時に向き合った。


 …シーカーズセンスだと?…まさか、お前はその能力まで…つまり…


「その通りだ、アラン。俺には本家が持っていないその能力が備わっている。そして…榊友美ぃーっ!!」


 聖也は、威圧的に私の名を吐き捨てた。


「どうせお前は、俺の本当の目的まで理解したんだろ?…っていうか、そう仕向けたんだ。理解してもらわなくちゃ困るがな」


「…やっぱりね。佐和子さん!聖也の目的は、銀次を出し抜いて、自分がナンバーワンになることよ」


「ナンバーワン?…なんだ、そのふざけた理由は…」


 …いや、佐和子。聖也が、銀次の情報を受け継いでるとしたら理にかなっている。奴の目的も同じだからだ…


 佐和子は,アランの言葉を咀嚼した。


「そういうことか。さては聖也、お前、私たちと銀次をぶつけて、共倒れをさせようって魂胆だな?」


 …つまり、最初っから、彼は私たちとやり合うつもりはなかったってことだ…


「おいおい、お前ら。人聞きの悪い言い方するなよ。お互いに協力しょうって言ってるんだぜ」


「協力だと?」


「そうだ。俺たちには銀次という共通の敵がいる。ここはひとつ、お互いに力を合わせて、奴に引導を渡してやろうじゃないか」


「お前の口調や、相手を見下しすぐマウントを取りたがる所なんかは、まさに銀次そのものだな。なるほど、コピーか…言い得て妙ね」


「なんだと、佐和子!口の聞き方に気をつけろよ」


「おい…クソガキ。そのセリフ、そっくりお前に返してやる。本家にはない能力を手に入れて、舞い上がったか!それに何か勘違いしてないか?銀次に用があるのは私だけだ。お前も必要ない」


(えっ?佐和子さん…まさか、ひとりで行く気じゃあ…)


「ケッ!大きく出やがって。だが、銀次は自分のテリトリーに結界を貼ってある。佐和子、強がるなよ。霊はその結界に入ることも、出ることもできないんだぜ?」


「チッ…」


「でも、生きた人間となら一緒に入れるんだよね?」


 聖也は真顔で私を見返した。そして、満足そうに口角を上げる。


「その通りだ。榊友美、お前なら分かってくれると思っていた。だから信用してもらうために、わざと俺の思考を読ませた」


「なら、わたしが佐和子さんと一緒にいくわ。これで問題ないよね」


「いや…駄目だ。友美さん、癪しゃくだが聖也のいうとおりだと思う」


「佐和子さん…」


 …友美さん、聖也の言い分にも一理ある。ここは、彼の条件をのもう…


「アランまで…。分かったわ」


「いいか!お前ら、銀次を侮るな。まずは銀次を協力して倒す。そのあと、気に入らなきゃ、俺を煮るなり焼くなり好きにしろ!いいか?これは共同戦線だ。俺たちはいいチームになるぜ」


「…せっ…先輩…」


「えっ!!伽耶ちゃん!!伽耶ちゃん!!」


「わたし…どうして…」


 伽耶は周りを見渡した。


「ここは…どこ?」


 彼女の意識が戻った!嬉しい…こんな嬉しいことはない。


 意識を取り戻した伽耶を見て、アランは心なしか、ほんわり暖色っぽい光を放った。


 …友美さんには、もう十分、世話になった。香織の魂を、そして私たちの魂を、君は救ってくれた。凄く感謝している…だから君は、伽耶さんを連れて、ここを離れてほしい…


「そうよ。友美さん、ありがとう。あとは私たちに任せて。聖也がいるから、銀次の結界の中にも入れるから大丈夫」


「甘いな」 


 聖也が口を挟む。


「おそらく銀次は、この館全体にも結界を張り巡らせている。いくらシーカーズセンスといえども結界を破り、''昭和ロード''の館には戻ることはできないと思うぜ」


「分かってる…あなたの記憶に触れたから…」


(それに聖也…。あなたの魂も救いたい。伽耶ちゃんの大事な弟だから…)


「アラン、佐和子さん…ありがとう。でも、大丈夫。銀次の呪縛を解いて、みんなでいっしょに帰りましょ」


 だが…私には、まだ二人に言ってないことがあった。それは…


 シルバーコードから、聖也の記憶を読みほどき整理をしていたら、榊家に突如現れてた『無法者』のくだりに遭遇した。


 榊大成さかきたいせい。この男こそが、『無法者』の正体だった。


 そして…そこで、さらなる驚愕の事実を知った。彼、榊大成が私の祖父だということを…。


(私のルーツが、この100年もの因果のサイクルの起因だったなんて…。やっぱり、ここでこの運命から目を背けるわけにはいかない!)


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