第36話 エレミア=ガーデント
施設についた3人はスディレットの精霊術訓練室に入ると、室内の精霊力を上昇させ始めた。
「さて、どっちから確認するかね?」
「まずはティルからだ。ヒジリ頼む。」
稲葉はタツミに問いかけると即答する。すると稲葉は含み笑いをしながら茶化す様に言った。
「タツミ君が召喚したらどうかね?」
「何をだ?」
「ティル君をだよ。」
稲葉の言葉にヒジリは驚くが、タツミは予想どうりと言った表情をしている。既にタツミ自身も稲葉の正体について思う所が有ったのだ。
「な、何で稲葉さんがそれを知っているのですか?」
「それは企業秘密と言うものだよ。」
ヒジリの質問に稲葉は自分の口に指を当てて意味深に笑う。そしてヒジリはしばらく考えた後、すぐに答えを察したのだった。
「勘が良いね。多分、この情報だけで理解出来るのは君たち二人だけだ。」
稲葉の言葉にタツミはヤッパリかと言った表情になる。
「ヤッパリか、特異能力者の旅する黒兎だな?」
「今の人格は……稲葉さん? それともクロちゃん?」
二人の質問に稲葉は両手を前に出して慌てるなと言ったジェスチャーをする。そしてゆっくりと喋り出した。
「まず、クロちゃんは正式名称じゃない。黒兎が本来の私の名前だ。そして人格はとうに私が主導権を握っている。」
その様子に二人は身構える訳でも無く、結果として考えられる答えは一つしかなかった。
「俺達の情報源はレピスだな。」
「それしか無いよね……」
「そうだね、レピ姉からさ。ちなみにボクは3人の中ではミーちゃんが一番大好きだったんだ!」
急に稲葉の声が若い男の子の声に変わると、急に口調も可愛らしいものになる。外見はオジさんなのが違和感を引き立たせる。
「違和感が酷い……」
「そ、そうだね……外見とのギャップが凄いね。」
二人は地声とのミスマッチに何とも言い難い表情をするが、稲葉はお構いなしに話を続ける。
「改めて確認しようか。君達が知っている特異能力者を教えてもらえるかい?」
その質問に二人は首をかしげながらも答える。彼らが数カ月前に精霊界で知り得た情報の再確認程度に話し始めた。
切り裂き魔の『相模 直樹』
白い死神は氏名不明
創造する者も氏名不明
神の代行者の『タブレット・ヴェネガー』
聖者の片鱗の『レピス』
輝く者の『クリューエル・ノバンス』
大いなる再生者の『リバティ』
魔槍の騎士の『ミスト・アメノサ』
そして今、目の前に居る
旅する黒兎の『稲葉 黒兎』
彼らが知り得た9人の特異能力者の名前を挙げると、稲葉は大きく頷く。
「そうだね、現在の精霊界に干渉しているのはボクを含めてその9人で間違いないね。そして君達によって『神の代行者』は滅んだ。」
稲葉は確認するように彼らがそのうちの一人を倒した事を確認すると、タツミ達は頷いた。
「ああ、ただ俺達が直接戦ったと言われると怪しい部分も有るが。」
「そ、そうだね、じ、実際はエル君とミストちゃんや、リバちゃんがメインだったものね。」
「そうだね、君達の中で特異能力者と戦い得るのは同じ存在のクリューエル君だけだね。そして人間界にもボクの様に特異能力者は存在するんだ。」
その言葉に二人は驚きの表情になった。あの異常なまでの力を持つ存在が人間界で普通に生活しているのが信じられなかったのだ。
「まさかとは思うが……信仰心で精霊が存続しているとかレンが言ってたが、神とか呼ばれている様な奴らじゃ無いよな?」
「ま、まさか……で、でも精神体が本体の特異能力者なら有り得るのかな?」
「可能性は高いが確認されている訳では無いよ。ただ、任務中に自分の力を過信しない為にも伝えておきたかったのさ。ボクみたいに隠している可能性も有るからね。」
稲葉の言葉に二人は意図に気付いて頷く。
どんな能力者でも力を全部さらしている可能性は低い。だから不意にそう言ったバケモノに遭遇する事や、油断による事故を起こさない様にクギを刺して来たのだ。
「さて、忠告が終わった所で、君達にゲストが来ている。入ってくれ!」
二人に話し終わると稲葉はいつもの声に戻り、指をパチンと鳴らすと後ろのドアが開いて一人のウェーブのかかったセミロングのブロンド髪が特徴の欧米系の女性が入って来た。
「イナバ、待たせ過ぎだヨ!」
「ソーリー、エレミア。国の内部の話も有ったんでね、理解してくれ。」
「OK、イナバの立場もわかるヨ。でも、少しスマートにネ。」
エレミアと呼ばれた女性は見た目20位で、少し怒りつつも憂鬱そうな顔をしていた。そして雰囲気自体が何と言うか重苦しい空気を纏っていた。
「キミ達が新しいSSSにExTendedカイ? 初めまして、ワタシはエレミア・ガーデント。嘆きのエレミアと呼ばれているヨ。イタリアのExTendedだヨ。」
流暢な日本語の中にまとわりつく様な、何か重い空気を作り出しながらエレミアは怖い笑顔で手を差し出して来た。
タツミとヒジリは交互に握手をすると、自分たちの自己紹介をする。そしてエレミアは身をひるがえすと間合いを取り直す様に離れてから向き直した。
「さて、セッカクだから試合するヨ。公式試合ダ。どちらが上か決めまショ。」
「は? 公式試合?」
タツミがいきなりの発言に驚いていると、稲葉は笑いながら説明を始める。
「ExTendedは公式試合をして上下関係を決める風習が有るんだ。現場でカチ会った場合の指揮権を決める為にね。ちなみにエレミアと私は引き分けだ。」
(稲葉さんが引き分け? という事は……)
ヒジリは言い回しで何かを感じた様だが、タツミの方は急な試合と言われて動揺していた。
「ルールは簡単だ。相手を死なせない様に『参った』と言わせるか。気絶させて10秒以上の経過だ。さぁ、準備してくれ。」
稲葉は淡々と話を進めると、ヒジリを連れて部屋の端の方へと移動していく。そして中央に二人だけになると合図を送った。
「時間無制限だ! 始め!」
稲葉の声にタツミは毒づきながらも神器を具現化する。
「来い! 雷帝刀・鳳雷!」
雷を纏った一振りの刀を具現化すると、両手に構えてエレミアを見据える。その様子をエレミアは悠然としたまま見据えていた。
「ナルホド、雷属性の攻撃系の武器カナ? では私も神器を出そう。『嘆きの預言書!』
エレミアの手には一冊の本が具現化する。その表紙は何とも物騒な雰囲気を醸し出しており、闇の精霊力がダダモレ状態なのが見てとれた。
「ぶ、物騒な本だな……それがアンタの神器か?」
「物騒とは失礼ナ! コレはありがたい預言書なんダヨ。」
「預言書?」
タツミが不思議そうに首をかしげるが、油断せずに全身に雷の精霊力を纏わせていく。空気が電気を通し、張りつめた緊張感が広がっていく。それを見ながらエレミアも本を開く。
本から闇が溢れ出ると、エレミアの体中に纏わりついて更に雰囲気自体が重苦しい感覚がその場を支配する。
「ぶ、武器を抜いただけで……こ、これが神器持ち同士の戦い。」
「気を付けたまえ、流れ弾に当たらんようにな。」
ヒジリが息苦しそうに何とか言葉を吐き出すと、稲葉は見てる側でも注意を怠るなと言った。
(エレミア……エレミア……何か聞いた事が有る様な?)
ヒジリはエレミアの名前で何かを思い出しそうになっていたが、すぐには出て来ない様だった。そしてスマホ調べようにも、今はタツミが放電している電気で下手に触れない事にもどかしさを感じていた。




