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第23話 信用と信頼

「少し落ち着きなさい! そもそも何が有ったのよ!」

「どうせ馬鹿にするんだろ! 恥をかくだけなら話すか!」


 男の感情が揺れる度に下位精霊は具現化をくり返して侵入してくる。アラスティアは素早くそれを切り刻んで行くが、時間が残り少ないのを理解していた。


「出会ったばかりの小娘に話したって誰が広めるのよ! それにバカにしないわ。私だってバカにされる様な失敗談なんか沢山有るんだから!」


「死にたくなるような事が有ったか! どうせ小さなどうでも良い事だろうが!」


「ふざけんな! 私だって恥ずかしくて死にたいと思う様な事だって有ったわ! だけどね、それを乗り越えなかったらただの負け犬じゃない!」


 男は下を向いてワナワナと震え出した。その手は強く握られて血が滲むのが見えた。


「同僚に騙されて借金の保証人になって……返済の為にって副業始めたら詐欺まがいの職場で、辞める為にさらに借金を作ったらそれが全て同僚の仕業だったんだよ。」


 話をサラっと聞いたアラスティアが物凄く微妙そうな表情をするが、小声でユキに注意されて真顔に無理矢理戻す。


「他には? それ位で自殺まで考えないでしょ?」


「そしたら彼女も同僚とグルで、俺を上手く騙しこんでいたんだよ! 借金の取り立てが会社にも来てクビさ! 出世で負けそうだからって俺を社会的に抹殺しようとしやがったんだ!」


 流石にそこまで聞かされると、アラスティアも同情の表情になって来る。そんな感情を余所にユキは内側から説得を続ける。


「アンタ……お人好しね。」

「よく言われるよ。見下す意味でな。」

「だったら小娘からアドバイスよ。信用と信頼にはき違えてるわ。」

「信用と信頼だと?」


 男は怪訝そうな表情でつぶやく。


「信用は対価やメリットが有るから成り立つ関係よ。その同僚を信用するなら何か対価が有ったかしら?」


「友人と思ってたんだ! 友人に対価を求めるのか!」


 激昂しながら男は言い返すが、ユキはその返事を予想していた様に言葉を続ける。


「だったらアンタは友人を信頼してたと言う事ね。信頼ってのはね、無条件で相手を信じる事よ。」


「無条件で……?」


「そうよ、友人と思ってた奴はアンタを信用していた。だけどアンタは相手を信頼していた。その差が不幸を招いたのよ。」


 話を聞いてる第三者のアラスティアはスライムを斬りながら理解に苦しむ様な表情を見せていた。


「ユキ、どう言う事だ?」


「つまり、相手は利用する意味で信用していたのよ。逆にこの男は見返りを求めない信頼だったから対価として騙されたと言う事よ。」


「人を信じた俺がバカだったと言いたいのか!」


 男が詰め寄ろうとすると、ユキが表に出て来て男の眉間に指を突き立てて動きを制止する。


「信頼ってのはね騙されても良い、見返りを一切求めないと言う覚悟が有って成立する物なのよ。この人の為にならと本当に思えてたの?」


 ユキの言葉に男はうめき声の様な物を上げるしかなかった。


「友人とは思っていた……だが、そこまでは。」


「つまりはそう言う事。信頼に値しない人を信頼してしまったのよ。」


 男は崩れ落ちる様に膝を地面についてうなだれた。


「良い? 人を信頼するの基準を知りなさい。信用はギブ&テイクが基本のビジネスと一緒なのよ。信頼ってのは命を投げ出す位の意味なの。」


「命を……投げ出す?」


 男の肩にそっと手を置いてユキが言葉を続ける。


「そんな価値が有るのって家族や親友、大事な恋人位じゃないの? 貴方は今回の一件でそれを知れたんじゃないの?」


「あ、ああ……そうだな……アイツに命を投げ出すなんて出来ない。俺が間違ってたんだ。」


 男は段々と冷静さを取り戻し始めた。


「何で俺はアイツもそこまで信頼してしまったんだ……いや、俺の心の弱さか。人に悪く思われたくないと言う、ちっぽけな虚栄心か。」


「反省したなら立ち上げれるかしら? 倒れたら立ち上がれば良いのよ。失敗は決して恥ずかしい事じゃ無い。救いの手だって有る筈よ。」


 ユキは肩から手を外すと男の目の前に手を差し出した。男は驚いた表情をしながらもゆっくりと手を取って立ち上がった。


「今の状態から誰かが助けてくれるのか?」


「アンタは今、自分の足で立ったでしょ。だったら自分で前に進みなさい。行政やら弁護士やら説明すれば何か解決策が有るかも知れないわ。」


 サラッと突き放す様な言い方だったが、逆に男にとっては丁度良かったのか、驚いた表情をしながらもすぐに笑い出したのだった。


「そうだな、取りあえず弁護士でも相談してみるか! やる事やって、少しづつ返してやるよ!」


(一般人に使うの初めてだったから不安だったけど、大丈夫そうね。前向きな感情になる様に精神干渉した効果が出て来たわね。)


 スライムの発生が止まるのを確認すると、ユキは結界を解除してアラスティアと入れ替わって黒髪に戻る。


「さて、ついでに聞きたいんだけど最近変な物を買ったりしなかった? いくら才能が有っても触媒となる何かが無ければ起きない筈なんだけど……」


「変な物? いや、ここ1,2年は借金のせいで何も買ったものは無いが?」


 精霊具の存在を疑ったユキは男に確認して見るがそれらしき物は無さそうだった。事実室内からはその様な物を感じることが出来なかったのだ。


「そう、後は悪いけど私の記憶だけ消させてもらうわ。」


 ユキは再び銃を取り出してこめかみに銃口を当てると、小隊長がその手を抑えた。


「話は聞いた。コイツは才能が有るようだ、ならばウチで採用出来るか相談してみようじゃないか。」


「あら、随分と優しいのね?」


 ユキは驚きながらも銃をしまうと、後ろに来ていた残りの二人に視線を移す。


「そうっすね、こんな問題を起こせる位なら精霊具も使えるっすよ。」

「後は闇属性の適合者が少ないのもセールスポイントね。」


 急に現れた3人組に男は驚き混乱している。


「あ、あんた達は一体?」


「俺達はこういった特殊な事件を解決するのが仕事だ。」

「借金まみれで仕事も無いんでしょ? ウチの試験受けてみな。」

「運が良けりゃ高給で借金も職場が整理してくれるっすよ。」


 3人組の言葉を信じて良いのか考えている様子だった。その目は以前の様に死んでもいなく、ただ無闇に人を信じた自分を変える第一歩の様にも見受けられた。


「アンタ達を信用しろと? まずは情報じゃないのか?」


「ほう、少しは良い面構えになったな。」

「どっちにしても話しなら一度本部に行くしかないっす。」

「そうね、こんな所で長話は出来ないからね。」


 男の行動を見たユキは、含み笑いをしながら男に声を掛ける。


「この人達は私の同僚よ、話だけでも聞いてみたら? それに今の出来事は関係者以外は忘れてもらう必要が有るしね。」


「つまり関係者になれば忘れる必要も無いと? 何となくアンタには特殊な力が有るのは分かった。そう言う事も可能だろうな。だったらアンタを信じてこいつ等について行く。」


 男はユキを見ながら頷くと3人は早速と言わんばかりに身支度を整える様に伝えると、車を準備しに部下の男は走り去っていった。


「さて、私はコレで帰るわ。早く帰ってソウタさんの所でバイトしないとね。」


 扉の向こうで物音がするのを確認しながら、もう大丈夫と思ったユキは手を振りながら去って行く。


「了解しました。後はお任せください。」


 小隊長は敬礼しながら見送ると、しばらくして男が部屋から出て来た。その姿は髭も剃ってネクタイも締めて小綺麗な姿になっていた。


「あれ? さっきの彼女は?」

「な~に、真面目に仕事してればまた会えるさ。」

「そうか……ちゃんと礼を言いたかったな。」

「一応あの人、上官だからな? 口のきき方気を付けろよ?」


「え? 偉いの!? まだ学生にしか見えなかったのに!?」

 

 一拍置いて男が驚きの声を上げる。女の部下は高校生と言いそうになったがSランク以上の情報は機密扱いなのを思い出して口ごもっていた。


「お前が起こした状況も含めて全てが機密事項だ、これからの事もな。充分注意しろよ。」


 小隊長の雰囲気が変わって凄むように男に言い聞かせる。しかし男も覚悟を決めた表情で返事をする。


「ええ、前向きに生きると……失敗しても教訓として立ち上がると決めましたから! 彼女は恩人ですよ!」


 気持ち一つでこんなにも雰囲気が変わるのかと、小隊長は驚いた表情で男を車に乗せて基地へと戻って行くのだった。


 それと同時に物理的な力以外にも光の精霊術での精神干渉に恐ろしさを感じたのであった。


 そしてアパートの裏側の片隅に有った妙な精霊具が忽然と姿を消していた事に気付く者は居なかったのだった。

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