第19話 あたりまえの日常
放課後、ユキとリィム、エルが喫茶店で集まっているとユキの携帯だけが鳴り響いた。
「…………。」
「ユキ、電話を取らないのですか?」
携帯に見向きもしないユキにリィムが不思議そうに尋ねると、ユキは不機嫌を隠そうともしない様子になっていた。
「今週何回目よ! と言うか朝イチでも仕事して来たんですけど! 流石に多すぎるわ!」
立ち上がって絶叫するように叫ぶユキをリィムとエルはなだめるが、興奮しているユキは収まる気配がない。
「何でユキだけそんなに連絡が来るのですか?」
「確かに、この前レンさん達が1回有っただけで俺達はまだ無いです。」
「そもそも問題の根本が解決しないから1回の任務なのに長いのよ! テストが終わってさぁ遊ぶぞ! ってなってるのに!」
二人の質問にユキは絶叫しながら不満を漏らすが、いつもストレートに感情を表すせいか、怖さよりも珍獣を見ている様な感覚になっていた。
「やかましいぞユキ、周りの迷惑だ。」
「あ、ソウタさん! って頭掴まないでよ!」
喫茶店に遅れてやって来たソウタと呼ばれたセンターパートの髪型で毛先をオレンジ色に染めた20代半ばの男性がユキの頭を押さえつける様に掴むと、椅子に座らせた。
「やれやれ、相変わらず元気過ぎだな。で、テストが終わったんなら明日からの取材のバイトは来れそうなのか?」
「次の取材先ってルリさんの所でしょ? 行きたいんだけど……何か雑用が多くてごめんなさい。」
ソウタは珍しそうな表情をするが、一緒に居るリィムとエルの反応を見て何かを察した様だった。
「そうか了解した。ルリには俺の方から言っておく。それと話せる範囲で構わないから大人を頼る時は頼るんだぞ?」
そう言ってテーブルの伝票を取ると、スマートに会計を済ませて店を出て行ったのであった。
「相変わらず、合コンネタにならなければ良い人なんですけどね。」
「いや、多分アレが素? むしろキャラ作りして失敗してる気がします。」
「逆にモテないと思いますよ? 敢えてですかね?」
「本人は頑張っているつもりでしょう……。」
ソウタの背中を名残りおしみながら見ているユキの横で、二人は普段のソウタの残念トークを展開していた。
「いいのよ、良い所を分かってる人が少ない方がライバルは少ないじゃない!」
ユキは拳に力を入れて力説するが、二人は冷ややかな目線を崩さなかった。
「そもそもユキに手を出した時点で犯罪ですよ?」
「タツミさんのお兄さんの一つ先輩と言ってたから8つ上で25歳か~、高校2年の16歳に手を出したら……」
「だから卒業までの後1年半の間に頑張るんじゃないの!」
ユキは好意を隠す様子も無く力説を続けるが、リィムは冷静に口撃を続けた。
「年齢的にも、ソウタさんの好み的にもルリの方が似合っていると思いますよ。ソウタさんの好みは甘えさせてくれる大人の女性と言ってましたし。」
ソウタ本人からも言われている事を改めて言われてユキはたじろぐ仕草をするが、さらにエルも追い打ちをかける。
「そもそも、ソウタさんがユキさんと付き合ったら犯罪どころかロリコン認定でしょ? フリーランスでそんな噂が立ったら仕事が無くなるんじゃ?」
「あ、あんた達は……もう少し友達として言う事が有るでしょ!?」
涙目になりながらユキは訴えるが、二人はどこ吹く風と言った表情のまま素知らぬふりをしている。
「ソウタさんもルリも一緒に精霊界を生き抜いた仲間ですからね。どっちの肩を持つつもりは有りませんよ。ユキも頑張れと思いますが、決めるのは当人同士ですからね。」
リィムはそう言うと残っていたチョコレートパフェを頬張って幸せそうな表情を浮かべていた。
「ですね、俺とリィムさんは精霊界の暮らしが長かったせいか、こっちの常識は良く解らない所も有りますけど、ユキさんもソウタさんもルリさんも大事な仲間ですからね。誰かに肩入れはしません。」
エルも同じく美味しそうにアイスを頬張ると、二人ともとても嬉しそうな表情を浮かべている。
「アンタ達、本当に幸せそうね……」
「精霊界は飲まず食わずで平気な世界ですからね。それに昔、人間界に居た頃はろくな食事を貰えませんでしたから、今の食事は私には贅沢の極みです!」
「俺も、精霊界で生まれ育ちましたから食事に関しては全てが新鮮で最高です!」
ユキは二人を見て、当り前の事が幸せに思えると言う事はが素晴らしい事だなと思うと、恋に悩むのも贅沢な事だと思えてきたのだった。
「本当に……私の恋煩いも贅沢な悩みなんでしょうね。気を取り直してお仕事しますか。」
ユキはコーヒーを飲み干すと携帯に来たメールを確認して、軽くため息をつきながら店を後にした。
「アンタ達、機密をベラベラ言わん方が良いぞ?」
「関係ない人は入れないのでしょう?」
「その手の認知阻害が有りますよね? この店の入り口。」
マスターらしき髭を生やした中年男性が注意をするが、二人は平然とこの店の構造を理解していた。
「アンタら……説明して無いのに解るのか?」
「だって、ここの店自体が一定の精霊力に対する適性が無いと見えないんですよね? 見た時にすぐに気付きましたよ。」
「ですね、こう言う物を使って素質の有る人をスカウトしてたんですね。俺達みたいに発砲されてばかりじゃ、証拠を隠すのも苦労しますからね。」
マスターはユキも含めて全員がSランク以上に認定されていると知らされているので、力は有るのは知っていたが洞察力も高い事に感心した。
「あ、後、当然ですが今入って来たソウタさんと、話題に出たルリに関しては他言無用です。迷惑掛けたくありませんからね。これはSSSランクの特権で口止めを命じさせてもらいますよ。」
リィムが一瞬だけ鋭い視線を送ると、マスターは背中に冷汗を覚えながら静かに頷いた。
「解ってますよ……ただ、司令にピンポイントで聞かれた場合に関しては保証できないのは理解してください。」
「まぁ、司令の方がランクは上ですからね。それは仕方ないでしょうけど、自ら喋った場合は他の5人の様に私達は甘くありませんよ?」
リィムの発言にマスターは小さく悲鳴を上げる。精霊弾を使っていないにもかかわらず氷の冷気を感じるようだった。
「リィムさん、殺気出し過ぎです。怖い人と思われますよ?」
「エル君の方が容赦ない癖に……」
エルの制止でリィムは殺気を引っ込めるが、より物騒な言葉を聞いてマスターはより内心で恐怖を覚えていた。
(精霊術士でSSランクなんて聞いた事が無い。この男の方はまだ何か隠しているのは間違い無いが……調べたら命がいくつあっても足りない気がする。)
「さて、折角ですから……今度はパンケーキをお願いします。エル君も食べますよね? どうせここはタダで良いのでしょうから。」
「か、構いませんが……何でこんな安い喫茶店でSランクオーバーの方々が食事を取るんです? もっと贅沢なレストランとか有るでしょうに。」
マスターは不思議そうにフライパンにバターを落としながら訪ねると、二人は首をかしげながら答えた。
「さっきも言いましたよね? 私達はこうした物でも充分に美味しくて贅沢なのですよ。もっと美味しいものが有るとしたら、この味に飽きてからです。でないと楽しみが減ってしまいます!」
「ですね、気軽に食べられるレベルの物で俺達は充分に幸せを感じますからね。禍福は身を亡ぼすと兄さんにもきつく言われてるのでね。」
二人の屈託のない笑顔を見たマスターは毒気を抜かれた様な表情をしながらパンケーキを焼き始める。
(エルの方は兄さんと言ったよな? スディレットのデータにそんなものは無いぞ? どう言う事だ?)
マスターは店内に静かに広がる心地良い香りと音を楽しむ二人を見ながら一つだけ疑問が浮かんだが言葉には出さなかった。




