第17話 ちゃんと帰るよ
レンと稲葉が隠れると、すぐに数人の声が聞こえて来た。
「今年もこの時期が来たねぇ。」
「母さんは息上がるの早くない? お婆ちゃんを見習おうね?」
「もう70近いんだから無茶言わないの。」
一組の親子が参道を上がって来たのだった。
「夏姫、先に来とったよ。」
「相変わらずの健脚ね……母さん。」
「お婆ちゃん、元気だった?」
「千秋かい、相変わらず元気じゃよ。ひ孫も来たのかい。」
「車を止めたら来るわよ。」
70位の夏姫と呼ばれたお婆さんと40代位の千秋と呼ばれた女性が顔を見せると、気軽な挨拶を交わしていた。その雰囲気からも久しぶりでは無く普段から会っているのが伺える会話だった。
「ぴいさん。相変わらず元気そうだけど、春爺ちゃんみたいにポックリ逝かないでくれよ?」
「冬樹かい、アレは理想的な逝き方じゃからねぇ。アンタ達に迷惑はかけとうないよ。」
「洒落にならないから止めてくれよ……」
後ろから登って来た冬樹と呼ばれた青年はカエの返しに困った様に笑いながら、祠の前へ持って来た荷物を降ろした。
「地酒と饅頭っと、ご先祖様はコレが好きだったんだよな。」
「そうじゃ、義祖父と月華様はこの饅頭をツマミに酒を嗜まれておったよ。」
そう言って登って来た参道の方へと視線を移すと、その先には大きな湖が見えた。
「お父さんがいつも言ってたわね。和爺ちゃんと月華様はこの湖に浮かぶ水鏡の月を見ながら飲むのが好きだったって。」
「私も爺ちゃんから耳タコで聞かされたわ~。」
「俺、もう二十歳になったから今日の祭りの前に月見酒ってやってみたい!」
「ええのう、今日は家族でやりおろうよ。」
カエさんは嬉しそうに新しい封神具が祀られた祠に視線を移すと、静かに頷いた。
「まだ居りなさるんじゃえ? 久しぶりの家族団らんじゃけぇ。」
「え? 母さん、誰か居るの?」
「今日は春雄さんの命日じゃからのう。今日くらいはお参りに来てるじゃろうて。」
その言葉に全員が静かに頷いた。
「そうだね、祭りの前夜に逝くなんてね。」
「少なくても俺が生きてる間は、ひい爺ちゃんの墓参りとご先祖様の祭りが途絶える事は無いな。祭りが無くなっても御供えには絶対来るしな!」
話からするとカエの家族は祭りの前日に先祖として祀る行事として、湖面に浮かぶ月に酒と饅頭を奉納していた様だった。
「で、いつまで私を放置するのかしら?」
離れて様子を見ていたレンと稲葉の後ろに、不機嫌そうなナギが小声で話しかけて来た。
「わ、忘れてたわけじゃねぇ……消耗が酷かったんだよ。」
「私だってぶっ通しで1時間も精霊術使い続けたら消耗するわよ!」
月華の精霊力の乱れは収まっても発生した下位精霊が消える事は無かったので、ナギはその全てを索敵して排除していたのだ。
「もう片付いたのかね、大した索敵能力だ。それに耐久力と体力も素晴らしいな、出力不足なだけで充分SSランク以上の実力は有るようだ。」
苦情を余所に稲葉は冷静にナギの能力を分析して称賛した。レン以外に褒められても毒気が抜けないのがナギの特徴で、不機嫌なまま稲葉を睨み付けた。
「それはどうも! と言うか何でレンがこんなに顔色悪いか説明をしてもらうわよ。」
不機嫌の原因がいつの間にか放置された事よりもレンの体調不良を見て、稲葉の監督不行届きに切り替わっていた。
稲葉は契約種類による消耗度の違いを簡単に説明すると、ナギは毒づく様に『先に言え』と怒ると。具合の悪そうなレンを膝枕して横たわらせた。
稲葉の存在を無視したような行動だったが、実際に倒れそうなレンを地面に寝かせるよりはマシと判断したのだろう。そのままレンは眠りについたのだった。
「少し休ませてから帰るわよ……ってニヤけた顔すんな! 変態ジジィ!」
「いやいや、若くて微笑ましいと思っただけさ。それに、レン君が目を醒ますころには良い物が見えると思う。」
その言葉にナギは首をかしげたが、自分も疲れたのか後ろに有った木に寄りかかって大きく息を吸うとすぐに眠りに落ちてしまった。
「まぁ護衛は任せておきなさい。初任務お疲れ様。」
――――――数時間後――――――
「んん……痛タタタ……変な体勢で寝たから首が痛いわね。」
木に寄りかかって寝ていたナギは目を覚ますと隣にレンがおり、寄り添う様に並びながらレンの肩を枕にして寝ていたの気付いた。
「起きたか、お疲れ様。」
「レンもね。稲葉さんは?」
「ああ、先に下で待ってるとさ。」
「無責任なおっさんだわね。」
「まぁ、そう言うな。今回の報酬を見ておけだってさ。」
「報酬?」
レンはゆっくりと祠から参道を抜けて見える湖を指差した。ナギは視線で指をなぞる様に頭を動かすと、目の前の光景に大きく目を見開いた。
「綺麗……湖面が鏡に様に月を映してるんだわね。」
「ああ、満月の晴れた夜と命日にはカエさん家族は参拝に来てるんだと。」
「そうなの?」
「水面月華と水瀬和夫はこの湖面の月を見ながら酒を交わすのが好きだったんだとさ。だからこの日に春雄は参拝して、亡き祖父の代わりに月華と酒を飲んでいるつもりで月見酒をしていたそうだ。」
話を聞きながらナギは肩から頭を離すと、少し離れた祠に居るカエの家族の方を見ると、各自が風情な盃に酒を注いで昔話を懐かしむ様にゆっくりと飲んでいた。
「そう言う事ね……まだ精霊力の残滓が有る影響で、月華が居るわね。」
「今日だけは特別な月見酒だろうな。」
「残念なのは皆が月華を見えて無い事だわね。」
「いや、見ろよあの顔。」
二人は家族の中に不自然に開いた一人分のスペースに居る月華を見る。その表情は嬉しそうに微笑んでいた。
「見えてないけど感じているのかしら?」
「さあな、でも倖せそうなら良いじゃないか。」
「そうだわね、月華にとっては久しぶりの家族団らんでしょうから。」
「さて、俺らも景色を楽しんだから、お邪魔虫は去るか。」
レンが立ち上がると、ナギもゆっくりと立ち上がって、稲葉が降りて行ったであろう裏道を歩き始めた。
「鳴海 蓮! 感謝する。」
後ろから月華の声が聞こえて来たが、レンは返事をせずに腕を上げて手を振ると静かに山道を降りて行った。
「名残惜しいけど、そろそろ帰らんとね。」
「そうだね、また月夜の晩にお邪魔しに来るわね。」
カエと夏姫がゆっくりと立ち上がり祠を拝むと、千秋と冬樹も続いて立ち上がって少し寂しそうな表情で拝んだ。
(もう行くのか、寂しいものだが達者でな。)
聞こえない声で月華は別れの言葉を言う。
「月華様、俺達は今日は帰るけど、またここに帰って来るからな!」
「帰って来るって……冬樹、ここは月華様の家でアンタの家じゃないわよ?」
冬樹の言葉に母親の千秋は少し怒ったような声を出すが、カエは笑いながら千秋をなだめた。
「ええじゃないか。月華様はワシらのご先祖様じゃ。先祖の家なんじゃから、いずれ空っぽになったらここに帰って来れば待っててくださるじゃて。」
「お婆ちゃん……何か微妙に縁起でも無い事言って無い?」
「帰ろうと思える場所が故郷じゃて、月華様は故郷をずっと守ってくださるよ。」
カエは笑いながら先に参道を降り始めると、慌てて千秋と夏姫が追いかけていく。冬樹だけは振り返って改めて言の葉を残していく。
「春爺がさ、子孫に季節の文字を順番に付けておけって言ったんだぜ。巡り巡ってまた春が来たら、この場所を忘れる事は無いだろうってね。だから俺に子供が出来たら春って文字を付けるんだ、だからずっとここを守ってください。」
(ハルらしいな、人も徳も巡り巡れば還って来る。口癖だったな、ならば再びハルの名を継ぐ子孫に会うまで守ろうでないか。和夫と守ったこの故郷を。)
「ちゃんと帰るよ! また今度な!」
冬樹は先に行った3人に追い付く様に小走りで駆け去って行ったのであった。




