第16話 変化と恒常
「ハァ……ハァ……何て数なのよ! 無限に湧き続けてる気がするんですけど! ナギ! どうなってるのよ!」
パティスは先程からレン達が居る祠に近づかせない為に少し離れた位置を走り回りながら、寄って来る下位精霊の迎撃していた。
「やかましいわよ! まだ30分程なんだから走り続けるわよ!」
「精霊使いが荒いよ! もっと優しく!」
「黙って走り続けなさい!」
口論しながらもパティスは迫り来る下位精霊をハンドガンや、ショットガン、ライフル等と風の銃の形状を変化させながら、状況に応じた武器で接近を許さなかった。
一方祠でも緊迫した空気が流れていた。
「夫との間には娘に恵まれましたが……他の地方へと嫁いでおりますじゃ。」
カエは気まずそうに答えると、月華の動揺はさらに広がりを見せた。
「なんだと……それでは自分がこの土地へと与えた恩恵は、子孫には届いていなかったと言うのか!?」
大気が震え、さらに余計な精霊力が漏れ出し始めているのに気が付くが、今のレンには何と言葉をかけて良いか分からなかった。しかしカエが急に苦しそうな表情になっているのに気が付いた。
「落ち着くんだ、その精霊力の圧じゃカエさんが耐えられなくなる。そうしたら話が出来なくなるぞ、落ち着け。」
レンの言葉に我に返ったのか、月華の精霊力の乱れは少しだけ落ち着くとカエの顔色も少しだけ良くなったように見えた。しかし、先程の急激な精霊力の圧で調子が悪そうなのは変わらない。
「……くっ! 仕方あるまい! この以上あの者に自分の精霊力は良くない。ハルの妻なら配慮せねばならぬ。お主! 名は何と言う!」
月華はカエの様子を見て苦渋の決断をする様な表情でレンに声を掛けた。
「俺は『鳴海 蓮』だ。」
「鳴海とやら、先程の条件だ。彼女との会話が終わる迄だ。再封印までは自分が納得したら延長してやる!」
レン的には不服な内容だったがカエの安全を第一に考えて頷いて手を差し出すと、月華も手を出して握手を交わす。
「『水面 月華』。互いの想いに答えて汝、『鳴海 蓮』との契約を締結せん。」
祝詞を唱える様に言うと、月華の姿はゆっくりと消え、レンの中へと消えていく。
そしてレンが光に包まれるとそこにはカエにも見える様になった月華の姿が現れたのだった。
「あ、ああ……何てこと……ほんにあの人そっくりじゃわ……」
カエは現れた月華の姿を見て小刻みに震え始めた、その目にはうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
「カエと言ったな。体は大丈夫か? もう少し話を聞きたい。」
「ええ、大丈夫ですじゃ……ほんに春雄さんによう似ております。」
「ハルにか? そう言えば和夫もハルは良く似ていると言ってたな。」
懐かしむ様に月華が言うと、カエは目尻を手で拭きながら改めて月華の方へと歩み寄って行った。
「月華様、ご安心くだせえ。娘は他へと嫁ぎましたが、今でもこちらには顔を出しておりますだ。娘も夫との思い出の地ですからのう。」
カエの言葉に月華は意外そうな顔をする。
「何? 嫁いだのに帰って来る事が有るのか?」
「世も変わりましたけぇ。その気になれば1日で日本中どこにでも行ける様になっておりますからのう。今では孫も年に数回ですが、訪れてますじゃ。」
「何と、孫もか!? しかし住んでも無い土地神の自分を祀りに来るとは……世も変わったのだな。」
月華は話が進んで行くうちに自信の精霊力の乱れが収まりつつある事に気付かないまま、カエとの話に興じていた。
カエはスマホを取り出して孫達を含めた写真を見せ始める。時間はドンドンと過ぎていくが口を出すのは野暮というものだと理解した稲葉は黙って様子を見ていた。
「これは……この祠で撮った皆の写真か。しかし何故ハルを含め子孫全員がこうも私を祀ってくれるのだ? いや、よく見れば祠や参道も綺麗に維持されておる。お主達だけでは難しだろう?」
月華は落ち着いたのか周囲の様子を見ると、祠も参道も傷んだであろう所は新しく修理されており、手入も行き届いている事に気が付いた。
「コレは春雄さんが村の皆や子供達に月華様の恩を語り継いだお陰ですじゃ。義祖父が月華様とこの村を災害から守ってくださった事を。」
「あの時の事か……確かに大雨による土砂災害を和夫と私で防いだな。その時に消耗し過ぎて私は封神具に収まったのだが……」
月華は思い出した様に振り返って、砕かれた封神具を見る。
「既に高齢だった義祖父が月華様と入れ替わって精霊術を行使する姿を、あの時の村人は忘れずに語り継いだそうですじゃ。その現場を見た人が多かったのも幸いして、夫はウソつき呼ばわりされる事も有りませんでしたじゃ。」
「そうか、機密事項なのにな……和夫はどうなった?」
「月華様を失った事でスディッレットを引退して、その後は余生をこちらで過ごしましたじゃ。組織もそれまでの功績で機密漏洩は不問として、土地神様の伝承とする事になりました。」
元契約主が無事な余生を過ごしたと聞いて安堵したのか、最初の頃とは比べ物にならない穏やかな表情になっていた。
「土地神か……自分がそう呼ばれる事になろうとはな。」
月華は感慨深い表情で天を仰ぐと静かに耳を澄ませた。
「感じるな……土地の皆の感謝の念と信仰が。契約主を失った精霊は信仰と言う感情を貰えないと消えてしまうからな。有難い事だ。」
「村の衆もみな月華様を祀る催しを毎年続けさせて頂いておりますじゃ。春雄さんも亡くなる迄、毎月手入に訪れておりましたじゃ。」
「そうか、ハルも義理堅い奴め……だがこの感じは子孫らも来てたのか? この場に残る信仰心は随分と和夫と誓い生命力を感じる。」
月華の言葉にカエは少し驚いた表情を浮かべるが、すぐに満足そうに微笑んだ。
「そうですじゃ、村の英雄でご先祖様が祀られていると誇らしげに語りながら、娘や孫たちを可能な限り連れて手入して、月華様の英雄譚を語っておりました。」
「ふ、精霊を先祖と……家族と呼んでくれるか。ならば子孫達の為にも帰って来る故郷を守らねばな。」
月華は稲葉の方を振り向くと静かに頷く。稲葉は深く一礼した後、封神具を月華の方へと向けて近づいた。
「大地の安寧の楔として、この地に留まって頂ける事に感謝します。」
「ふん、自分がしたいからだ。この地にはまだ和夫の意思が残っている。アイツの故郷と家族を守りたいという想いがな。ならば私は相棒の想いを存在が続く限り叶えようではないか。」
月華はゆっくりと封神具に手を伸ばして掴むと、その姿は勢い良く石へと吸い込まれて行った。
そして居なくなった場には青い顔をしたレンが両手を地面について大量の汗を流しながら荒い呼吸をしていた。
「か、感動の話の所悪いんだが……なげぇよ。慣れない同調契約ってこんなに生命力を消費するのか?」
「ああ、言い忘れたが『命名契約』と違って『同調契約』は自分の意識を残していると、精霊術を使う以上に膨大に生命力を消費するから気を付けたまえ。」
稲葉の言葉にレンは恨めしそうな眼差しを向けるが、良い話を聞いた後で毒づくのは場の空気をぶち壊しそうなのでグッと堪えたのだった。
「さて、最後のゲストが来たようだ。レン君、我々は裏手に隠れるぞ。」
「え? ゲスト?」
レンの質問は無視されたまま稲葉は首根っこを掴んで急いで祠の裏手の方へと駆けて行ったのだった。




