第五話 主人公、本当の実力に目覚める
護衛初日の朝は、よく晴れていた。
「ノア様は、私の隣にご搭乗なさって」
「はいはい」
王家の馬車が四台。前後を近衛騎士が固め、俺はイリスの隣、セシルは向かいの席だ。
セシルは無言で俺とイリスの間の距離を測っている。目盛りの細かい目だった。
「なあ、護衛対象の隣に護衛が座る意味ある?」
「一番安全な配置ですわ」
「俺が、じゃなくて俺の心配してる時点でおかしいんだよなぁ」
出発前に、俺は下拵えを済ませてある。
四台の馬車の車輪、扉、御者台。護衛騎士の鎧の肩当て。
触れられる物には、全部触れた。
《転移》の掟、その一。視認せしもの、触れしもののみ。
何かあれば、どこへでも一瞬で跳べる。
「それで、商談の相手は?」
「アリス・ベルネル。ベルネル商会の会長ですわ」
「ベルネル――ギルドの受付にいたクルスさんと、同じ姓だな」
「妹君ですの。姉は組織に仕え、妹は組織を作った、と言われていますわ」
なるほど。あの人の妹なら、相当な切れ者だろう。
「ところでノア様。昨夜はよく眠れまして?」
「おかげさまで。……なんでセシルがこっちを睫むんだ」
「イリス様。護衛対象と護衛の私語は、控えるべきかと」
「あら。私語ではなく、婚約者との会話ですわ」
「婚約は保留です!」
「「保留は、承諾の入り口ですわ(です)」」
「そこだけ息が合うのやめてくれない!?」
窓の外では、近衛騎士が等間隔で馬を走らせている。
統率が取れていて、無駄がない。
ギルドの護衛部隊とは練度が違う。……そのギルドの序列二位がこの後やって来るとも知らずに、俺は呑気にそんな採点をしていた。
そんな話をしていた、その時だった。
先頭の馬車が、吹き飛んだ。
カンカンカンカン!
「敵襲! 敵襲ッ!」
「近衛は配置につけェッ! イリス様の護衛を最優先だ!」
鐘と怒号。俺は窓の外を確認して、ため息をついた。
――王族を襲う馬鹿は居ないと思ってたが、いたよ。
「行ってくる。セシル、イリスを頼む」
「はい!」
馬車を降りると、騎士たちと襲撃者が既に睨み合っていた。
敵は、一人。
青い髪の青年が、ふわりと立っている。
「相手はアイツだけだ。だが――」
騎士の声が硬い。
先に動いたのは、イリスの執事だった。白髪の老人とは思えない速さで斬りかかり――剣ごと弾き飛ばされ、蹴りで沈んだ。
「盲目的に僕にかかってきたのは褒めてあげる。でもさ、それだけなんだよ」
青年は手を大きく広げた。
「僕の名前はオーウェン・トリアス。ちゃんと呼んでね」
オーウェン・トリアス。
ギルドの序列二位。アデリンの切り札。通称、ギルドのジョーカー。
――ギルドが、王族に刃を向けた。
その意味を考えると、背中が冷えた。これは喧嘩じゃない。宣戦布告だ。
「じゃあ、俺と戦ってみるか。オーウェン」
俺は護衛の列の前に出た。
「おーやおや、ノアくんじゃないか。追放されたと思ったら、こんな所で。……でも君、剣術も使えない、魔法は転移だけ。戦闘能力は皆無だったよね?」
「そう見えてたなら、上出来だよ」
十年、誰にも見せなかっただけだ。
「妄言だなぁ。いいかい、僕たちはね、君たちの事を管理しているんだよ。君の経歴も、この国の中身も、全部ね」
――管理。
引っかかる言い方だった。ギルドが、じゃない。「僕たち」と言った。
その正体を聞くのは、勝ってからでいい。
「行くぞ」
俺は地を蹴った。
「無策に突撃とは、大バカになったんだね」
オーウェンの刀が拜かれる。速い。騎士たちが反応できない速度で、切っ先が俺の腹に伸びる。
だが。
《転移》の掟、その二。編む一瞬の静寂。
お前がその刀を「当てる」と確信した瞬間こそ、俺の静寂だ。
刀が、消えた。
「――は?」
オーウェンの手の中から、確かに在ったはずの得物が。
代わりに俺のナイフが、がら空きの腹に突き刺さっていた。
「ぐッ、なんで……」
「お前の刀は、さっきからずっと視認してた。当たる直前が、一番よく見えるんだよ」
「そんなバカな―――ッ!!」
ジョーカーの叫びが、街道の空に抜けていった。
街道が、静まり返った。
騎士たちが、俺とオーウェンを交互に見ている。
やがて、誰かが呟いた。
「ジョーカーを、一撃……」
次の瞬間、歓声が弾けた。
「すげぇ! あんたすげぇよ!」
「イリス様の勇者様、万歳!」
「勇者じゃないんだよなぁ」
訂正しながら、俺は自分の右手を見た。
十年。
誰にも見せなかった力を、初めて人前で振るった。
膝が少しだけ震えているのは、戦いの余韻のせいだけじゃない。
――見てくれる人がいるって、こういう事か。
倉庫の棚は、拍手をしてくれなかったからな。
俺は倒れたオーウェンを見下ろして、さっきの言葉を反芻する。
――僕たちは、君たちの事を管理している。
僕たち、とは誰だ。
その答えを知るのは、ずっと先の話になる。
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