第四話 お姫様の心
カルタニア城は、標高百メートルの丘の上に建っている。
王都のどこからでも見える、白亜の城。
毎朝倉庫の窓から眺めていた景色の中に、まさか自分が入る日が来るとは。
「俺は何を見ても驚かないぞ」
「だといいですわね」
門をくぐって三歩で、俺は負けた。
「宮廷って、やべぇ」
「早速負けてるじゃないですか」
天井は高く、柱は太く、装飾はどこまでも細かい。
これ全部でいくら掛かっているのか、つい帳面的な計算を始めてしまう。
玄関ホールでは、白髪の老執事と、一人のメイドが待っていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。……そちらの方が」
「えぇ。私の恩人、ノア・カインズ様ですわ」
メイドが、一礼した。
「アメリア・パトラーと申します。本日は、王と王妃の代理を務めさせていただきます」
差し出された手を、握り返す。
――でかい手だな。
俺より頭一つ小さいのに、手の大きさは俺と変わらない。
握力に至っては、多分負けている。
「代理って、ご両親は?」
「その、ですね」
イリスが言いにくそうに目を泳がせた。
「お母様が、お父様を監禁しておりまして」
「かんきん」
「お母様は……その、ヤンデレ、ですの」
「王妃が!?」
この国、大丈夫かなぁ。
応接間までの廊下で、すれ違う使用人が全員、深々と頭を下げてくる。
そして全員が、下げた頭の角度のまま、じっとりと俺を見上げてくる。
「なあイリス。この城の使用人って、その」
「お察しの通りですわ」
「まだ何も言ってないけど!?」
「皆、目つきが重いでしょう? カルタニア家の採用基準ですの。詳しくは、いずれ」
「聞くのが怖いんだよなぁ」
廊下の角で、メイドが三人、こちらを見て何かを囁き合っていた。
聞こえたのは「イリス様の」「運命の」までだった。
その先は、聞かなかった事にした。
応接間に通され、紅茶が出て、雑談が三往復した頃。
イリスが、すっと背筋を伸ばした。
「私、このノア様と婚約しますわ」
俺は紅茶を吹きかけて、ぎりぎりで耐えた。
大丈夫だ。こんな話、代理のアメリアさんが通すはずが――。
「なりません」
アメリアの声が、部屋の空気を凍らせた。
「イリス様は王家の長女。婚約となれば相手の家格、経歴、後ろ盾、すべてが審査の対象です。失礼ながらノア様は、昨日ギルドを解雇されたばかりの平民とお聞きしています」
ぐうの音も出ない正論である。
だがイリスは、むしろ待ってましたと言わんばかりに指を立てた。
「あら、審査ならもう終わっていましてよ」
「と、仰いますと」
「ひったくり三人を、まばたきの間に無力化する戦闘力。それを鼻にかけない人柄。そして何より――この私が王族と知る前から、対等な口を利いてくれた胆力。家格で買えないものを、この方は全部持っていますわ」
「……イリス様が、そこまで仰るのであれば」
アメリアは小さくため息をついて、一転していつもの微笑みに戻った。
「いいでしょう。イリス様がそう思うんだったら、そうしなさい」
「ぶぅーーッ!」
耐えきれなかった。
「ノア様!? 大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫。……いやよくない。俺の意思は?」
「ノア様の意思は、これから私が射止めますの」
「せめて保留にさせて! 俺たち昨日会ったばっかり!」
「では、知っていただければ良いのですわね」
「話がずれてる!」
言い合いの末、婚約は「保留」で落ち着いた。
代わりに、と言ってはなんだが。
「ノア様、なんでも屋を開かれるのでしょう? なら最初の依頼を出しますわ」
「お、依頼か。内容は?」
「私の護衛ですの。明日、商談で西へ出ますの。報酬は金貨二枚でいかが?」
相場の、倍だ。
俺は帳面を出して、書き込みながらため息をついた。
『依頼第二号。王族の護衛。相場の倍。断る理由、なし』
「行き先は、西のベルネル商会。王国一の大商会ですわ。護衛には近衛の馬車が四台付きますけれど、ノア様には私の隣に乗っていただきますの」
「護衛が四台もいて、俺の意味ある?」
「細かい事は気にしなくてよろしくてよ」
「雑ぅ」
「セシル様もご一緒にどうぞ。治癒の心得がおありなのでしょう?」
「よく知ってるな」
「王家の情報網を、お舗めにならないで」
にっこり笑うお姫様が、今日一番怖かった。
帰りの馬車で、セシルが俺の袖をつまんだ。
「ノア。あの方、多分、本気です」
「何が」
「全部です」
「……だよなぁ」
明日から、忙しくなりそうだった。
開業初日から王族の護衛って、この店の看板、どうなるんだろうな。
続きが気になったらブックマーク、面白かったら下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると励みになります!




