第三話 王族のお嬢様は一目惚れする
「それで俺は、これからどうすれば?」
「もし可能であれば、カルタニア城にご招待したいと思う所存でございます」
「家にセシルって子がいるんだけど」
「セシル様は……女性、かしら」
「まあ、そうだな」
「チッ」
「今、舌打ちしたよね!?」
「空耳ですわ。ご一緒にどうぞ、と申しましたの」
イリス・カルタニア。
王族の長女は、背丈こそ子供に見えるが、口はよく回り、目はよく光る。
「そういえば、お名前を伺っていませんでしたわ」
「ノア・カインズだ」
「ノア様。……いいお名前ですね」
そう言ったきり、イリスは黙った。
隣を見ると、頬を染めて「運命の人」とか「この出会いは女神の采配」とか呟いている。
――聞こえてるんだよなぁ。
「あの、イリスさん? 声、出てるよ」
「まぁ。心の声が漏れるなんて、恋の証拠ですわ」
「開き直った!?」
「ちなみにノア様は、年上と年下、どちらがお好みかしら」
「その質問に安全な答えは無いんだよなぁ」
「では両方と解釈しますわ」
「してない! 解釈してない!」
会話のペースが、完全に向こうにある。
王国一の交渉一族というのは、伊達ではないらしい。
「ところでイリス。王家って、偉いんだろ?」
「もちろんですわ。カルタニア家は王国一、権力がありますの」
「でも最近、ギルドの方が強いって聞くけど」
「――ッ」
イリスの足が、止まった。
これは総務時代に、書類の端々から拾った数字だ。
王国の年間歳入が、金貨およそ百二十万枚。
対してギルドの保有資産は、その三倍。
各領地への貸付を含めれば、五倍とも言われる。
金がものを言うこの世界で、それは「国が企業に呑まれかけている」という意味になる。
「……ま、まぁ、ギルドなんて一介の企業ですわ。王家が負けるほど落ちぶれてはいなくてよ」
「そうですか」
「そうなんですのよ」
強がりにまで数字が透けて見えるのは、職業病だと思いたい。
家に着くと、扉が開く前に開いた。
「ノア、おかえりなさ――どちら様ですか」
「ただいま。この子はイリス。えー、王族の長女様だ」
「王族」
セシルは三秒固まって、それから音もなく俺の背中に隠れた。
「ノア。誘拐されてるなら瞬きを二回してください」
「されてないよ!?」
「お初にお目にかかりますわ、セシル様。ノア様にはひったくりから救っていただきましたの。つきましては、お二人をカルタニア城へご招待いたしますわ」
イリスが指を鳴らすと、ものの数分で馬車が来た。
来たというか、最初から近くに待たせていたとしか思えない速さだった。
「なあ、この馬車って」
「常時、王都に八台を巡回させておりますの。王族の緊急時に備えて」
「維持費、月にいくら?」
「馬と御者と車両で、一台あたり金貨十二枚ほどかしら」
「八台で九十六枚。年に千百五十二枚。……うわぁ」
「今、経費を計算しまして?」
「癖なんだ。忘れてくれ」
イリスがくすくす笑った。
「面白い方。数字がお好きですのね」
「好きというか、数字は嘘をつかないから楽なんだよ。人と違って」
「……含蓄がありますわね」
「随分ふかふかだな、これ」
「カルタニアで最も優れた素材を使っておりますの」
窓の外を、見慣れた街並みが流れていく。
倉庫番だった男が、王家の馬車で城に向かっている。
人生というやつは、十年分の帳面よりも予測がつかない。
車窓の先に、ひときわ大きな建物が見えた。
ギルド本館。
昨日まで、俺の職場だった場所。
「あれが目障りですわ」
ぽつりと、イリスが言った。
窓の外を見る横顔から、さっきまでの緩さが消えていた。
「王都で一番高い建物は、王城であるべきですのに。あの本館は三年前、王城より二階分高く建てられましたの。……わざと、ですわ」
「建物の高さで、格を示したわけか」
「えぇ。品の無いやり方ですわ」
――この子は、ただのお嬢様じゃないな。
数字と、象徴の意味が分かる王族。
俺は少しだけ、イリス・カルタニアという人間に興味が湧いた。
「なあイリス。ただ助けただけの男に、なんでここまでする?」
「それはこれから、ノア様がただの恩人では無くなるからですわ」
「……?」
その言葉の意味を知るのは、もう少しだけ先の話だ。
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