第二話 王族のお嬢様は突然に
「俺、なんでも屋をやろうと思う」
翌朝。食卓でそう宣言すると、セシルはスープの皿を置いて、真顔になった。
「なんでも屋、ですか」
「ああ。ギルドで十年、依頼の仕分けをやってた。どんな依頼に、どんな相場で、どんな人手が要るか――全部この帳面に入ってる。なら自分でやった方が早い」
「なるほど。……つまりノアは、ギルドの中身を全部持って出てきた、と」
「人聞きが悪いな。俺の日誌だよ」
「ふふ。いい復讐です」
開業には、営業許可が要る。
発行元は、皮肉なことにギルドだ。
翌日、俺は変装してギルドの受付に向かった。
申請書を無言で出すと、受付嬢が目を見開いて、小走りに奥へ消えた。
――もうバレたか?
代わりに出てきたのは、茶色の長い髪の女性だった。
クルス・ベルネル。
総務で唯一、俺の仕事量を正確に把握していた人だ。有能で、腰が低くて、だからこそ苦労を全部引き受けるタイプの。
「カインズさん。これ、本当に今日出さなくちゃダメですか」
「早い方がいいですよ」
「ですよね。とほほ……」
クルスの目の下には、濃いくまがあった。
「昨日、総務の要が一人辞めましてね。今、事務が完全に止まってるんです。依頼の相場が分からない。倉庫の在庫が分からない。前例の綴りがどこにあるかも分からない」
「全部、辞めた人の頭と帳面の中にあったんですね」
「そうなんです! ……って、なんで分かるんですか」
「さあ。どこにでもある話なので」
受付の奥から、怒号が聞こえてくる。
「相場表はどこだ!」「先月の綴りは!」「分かんないなら部長に聞け!」「その部長が分かんないんだよ!」
クルスが遠い目をした。
「……あんな感じで、朝からずっとです」
「大変ですね」
「カインズさん、うちで働きません?」
「遠慮しておきます」
即答した。十年分の即答だった。
俺は素知らぬ顔で受け取りの控えをもらい、ギルドを出た。
――回らないだろうな、しばらくは。
十年かけて作った仕組みだ。
俺を「気分」で切った代償としては、まあ、安い方だろう。
そんな事を考えながら大通りを歩いていると――。
「きゃーーーー! ひったくりーーー!」
悲鳴。
視線の先、男が三人、女物のカバンを抱えて走ってくる。
「……営業前の、宣伝といくか」
《転移》の掟、その一。視認せしもの、触れしもののみ。
俺は逃走経路の先の石畳を「見て」、そこへ自分を跳ばした。
「なッ、どこから――」
「おにーさんたち、それ女物だよね」
「どけやガキ! ファイヤーボール!」
火球が飛んでくる。
掟、その二。編む一瞬の静寂。
俺は呼吸を一つ分だけ止めて術式を編み――飛んでくる火球の目の前に、家のナイフを転移させた。
火球は真っ二つに裂けて、掻き消える。
「最低級魔法で俺を倒せると思った?」
「ひっ――ずらかるぞ!」
「逃がすと思う?」
三人まとめて、手刀で眠ってもらった。
手加減は苦手だが、今日は上手くいった方だ。
「これ、君のだろ。次は鞄を体の前に持つといい」
カバンを返した相手は、小柄な少女だった。
いや――少女に見える、何かだった。
仕立ての次元が違う服。指輪の石は、多分俺の家より高い。
「助けていただき、ありがたく存じます」
「そりゃどうも」
「お初にお目にかかります。私はイリス・カルタニアと申します。以後、お見知り置きを」
「カルタニア?」
どこかで聞いた。というか、毎日聞いている。
この国の名前だ。
「はい。カルタニア家は代々、この王国を運営しております」
「王国を運営――って、王族かよ!」
叫んでから、周りを見た。
大通りの人垣が、ざわ、と一歩下がる。
「王女殿下だ」「本物か」「誰だあの男」
視線が痛い。変装の意味が、もう無い。
遅れて、護衛らしき騎士たちが息を切らして駆けつけてきた。
「イ、イリス様! ご無事ですか!」
「えぇ。この方が守ってくださいましたわ」
騎士たちの視線が、俺と、足元で伸びている三人組との間を往復する。
「お一人で、三人を……?」
「答えは差し控えます」
目立ちたくない人生だったのに、どうしてこうなった。
「なので、王家を代表して貴方様にお礼をしたいと考えておりますの」
王家からの、お礼。
――なんでも屋開業前日にして、人生最大の依頼が来た気がする。
俺は震える手で、帳面を握り直した。
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