二日目の終り 3
バルデュール北領主の館は、蜂蜜色に似た石造りの堂々とした威厳ある城である。両翼に王冠の様な物見台が有り、左翼前方には海、右翼には神域を含む森、其の背には、幾つも山が連なり、更に遙かその奥、草木も生えない切りだった岩肌が剥き出しの山が聳え立っている。其の天辺は一年を通し雲に隠れるほどに高い。
「・・・・さて・・・・・ 如何したものか」
執務室で昼間に溜まった書類を一人片付けながら、その間も想う事は突然異世界から来た麻奈の事ばかり。
まだ庇護下に要るべき子供と思えるほど大変幼く見える彼女が、まさかの成人女性だと云われた時の、あの衝撃を何と例えれば良いのだろう。頭が真っ白に成るとは、正にこの事だと実感する出来事だった。
子供と思えばこそ、悪人に騙されないか。いい様に利用されないかと心配し、色々教える為にも自分の傍に引き取ろうとしたのだが・・・
しかし成人女性だと事情が変わってくる。
しつこい男だと思っただろうか。
破廉恥だと思われても致し方ない。
私が常に構えば、彼女に不名誉な噂が付いてしまう。かと言って、距離を取り過ぎると、不埒な者に騙されたり、暴力を振るわれる可能性も有り宜しくない。
また、子供と女性では警備の仕方も変わってくる。常に山小屋を監視するのは不味いだろう。
「はっ!・・・ いけない・・・ この侭では、色々と足り無いでは無いか。 如何すればいい?」
目を閉じれば、彼女の印象的な瞳が脳裏に浮かぶ。黒曜石の様に真っ黒な瞳と思えば、光が当たると銀を纏った様な薄墨色に成る不思議な瞳。
初めて目にした瞬間 <憐れみ> で心が締め付けられた。幼子に神は何と無慈悲な事を為されたのかと。しかし其の後に感じたのは <戸惑い> 少女とは思え無いほどの落ち着きで、自分の現状を受け入れる事の怪しさ。例え成人女性で有っても、ああも全てを受け入れる事が出来るだろうか?
今日一日彼女と過ごして判った事は、この世界は彼女の世界と比べて大変遅れているようだ。
知識が有ったとして何だと云うのだ、不安に成らない訳は無い。親しい者と引き離されたのだから。
彼女も面に出さ無いだけで、内心は震えているのでは無いか? きっとそうに違いない!
私が守って遣らなければ!
どうやって!?
手元のベルを鳴らし、侍従を呼ぶ。
「ロイクとカリーネを呼んでくれ」
頭を下げ侍従が出て行くのを待ち、目を閉じる。
考える事は山ほどある。何よりも彼女と話し合わなければ・・・・・
「エルネスト様、ロイクに御座います」
「入れ」
ロイクとカリーネが入ってきた。
「藤倉殿の事だが、成人女性という事で、考えを改めなければ成らない。二人には率直な意見を聞きたい。先ずは神域内に居る分には身の安全に問題は無い。しかし、街に来る途中や街中などは絶対とは言えない。それを思うと一人にするのは不安なのだが、彼女はあの場所を動く気も無ければ侍女を置くつもりも無い様だし、如何したものかと思う。カリーネ、同じ女性としてどう思うか意見を聞かせてくれないか」
「・・・・先ず、生活面でしょうか、麻奈様は自身を平民だと仰っています。使用人に慣れて居られないのだと思います。暫くは通いが宜しいのでは無いでしょうか」
「ならば、毎日では無い方が宜しいかと。使用人に限らず、誰かに傅かれる事が無かった様なので。日にちを開けた方が良いかと。また、訪問理由も私用の方が受け入れ易いのでは無いでしょうか?」
職業柄、人に仕える二人は、彼女の望みを概ねに理解したのだろう。頼もしい。
「・・・成る程・・・ では、カリーネ、私用で行くとして、理由は何が良いか?」
「異世界の話を聞きたい・・とか?」
其れは私が聞きたい!
「装飾品?・・・ ガーデニング?・・・ ! 素直にお料理は如何でしょうか!」
「!? 其れは此方の調理器具と文字を覚えてからと言っていたでは無いか」
「ですから、私が食材を用意して行くのです。麻奈様の世界の料理を、私が学びながら作れば、調理器具の使い方を教える事にも成りますし、食事の手伝いも出来ます。自然と足りない物、必要とする物も解りますし。私たち女性は料理やお茶が有った方が会話が弾みますから」
「そうか。では、カリーネに任せよう。彼女が望む物は、可能な限り用意するが、押し付ける気は無いのだ。内容には注意をしてほしい」
「畏まりました」
「次は安全面だが・・・・」
彼女は町を歩くにしても、あまり危機感は持っていないようだ。興味を持てば一人で側に寄って行くし、話しかけもする。誘拐などされたら如何するのだ! 誰彼構わず近づくなど、もう少し警戒心を持ってもらいたい。
如何する、矢張り護衛を付けるか? 嫌がるだろうがその方が良いだろう。機嫌を悪くするだろうか・・・ だが、彼女の身の安全が第一だ・・・・ 一人でいる事が好きなようだが、放っては置けない。
私の心配と、彼女の希望・・・
「エルネスト様、護衛を付けるのなら、神域から街までの間に致した方が宜しいかと」
「何故だ? 安全確保が一番だ」
「いいえ、どんなに順応されて居たとしても、環境が変わった事には変わりが無いのです。侍女だ護衛だと人が増えて落ち着かないでしょう。寧ろ、今はゆっくりと心落ち着かせて頂いた方が宜しいのです。それよりも麻奈様との連絡手段として『鳥』をお渡ししたほうが宜しいかと。文通されれば、文字の練習にも成りますし」
盲点だった! 自分自身が小屋に伺う事ばかりを考えていた!
「『鳥』か! そうだな、藤倉殿は生き物が好きなようだから大丈夫で有ろう。早速明日の朝届けよう」
「街中ですが、さり気無く巡回を装いましょう。後、神域入口の山側に詰め所を作り常駐を置き、その者に外出時の護衛をさせましょう。麻奈様は私どもの言い分も聞いて下さると思います」
ああ、聞いてくれるだろう。だが、この話をすれば、一瞬嫌な顔をするのだろう。あの『成人』発言の時に見せた『素顔』、スッキリとした眉の間に、くっきりと刻まれたシワ。
未だ見せてもらえていない表情がみたい。
明日が楽しみで早く夜が開けないものだろうか。
いっそ、この侭、陽が昇ってくれても構わないのだが・・・・・
「ロイス、雪の日に予告なく訪問するのは、マナー違反に成るよな・・・・・」
「そうですね。元々の予定では有りませんがこの様な場合は致し方ないと思いますが。おや、先ほどまでは穏やかでしたのに。これでは2・3日はお邪魔出来ませんね」
ビュォォォォーーーー
「何でこんなに降っているんだ!! そんな雲でも無かったよな!!」
「エルネスト様、言葉遣いが乱れていますよ」
「うるさい!!」




