5話 父親
バラスター公爵家から帰宅すると、私は自分の部屋には戻らず。
お父様にエミール様のことを相談しようと、真っ直ぐ執務室へ向かった。
「他に好きな人がいる? エミール君がそんなことを言うなんて。……信じられないな。アンリエッタの聞き間違いではないのか?」
お父様は首を傾げ、私の言葉を疑った。
ただでさえエミール様に傷付けられた心が、さらにお父様の言葉で深く傷付いた。
「絶対に、聞き間違いではありません! 私も自分の耳を疑い、本人に確認しましたから!」
(イザークお兄様に話した内容と、同じ話をしたのに!)
お父様の反応は、お兄様と大きく違い私はガッカリして。お父様の問いに答える声が、ひどく刺々しくなったのも仕方ない。
「だが、私にはエミール君がお前に、好意を寄せているように見えたが? お前はそそっかしいところが、あるからなぁ……」
私を侮辱するお父様の言葉に、私は信じられない思いで目を剥いた。
「婚、婚約者だから……自分の浮気を応援しろとまで、言われたのに。お父様はそれも私が聞き間違えたと言うのですか⁉」
(すぐに婚約解消はできなくても、お父様もきっとイザークお兄様のように、私の気持ちを理解してくれると信じていたのに!)
「だが、お前たちの結婚は、子供の頃から決まっていたことだからな」
「すぐに婚約解消はできないと、わかっています。でも……今までと同じではいられません!」
(お兄様のように、冷静になって話し合わなければいけないのに。とてもそうなれない)
私はまた、癇癪を爆発させそうになっていた。
「アンリエッタ、少し落ちつきなさい。……たぶん、エミール君の気の迷いだろう。しばらく我慢して待ってあげなさい」
お父様はハァ―――……と大きなため息をつく。
「私は……エミール様と結婚するぐらいなら、女神様に仕える神官の道へ進む方が良いわ」
(これは本心よ。もしも婚約が解消出来ないなら、本当にそうするわ)
「何てことを言うんだ、アンリエッタ!」
「とにかく、私は絶対に嫌です!」
「落ちつきなさい」
「嫌です」
イザークお兄様に慰められ、せっかく落ちついていたのに。お父様は私が悪いと侮辱ばかり。これではたまらない。
「お前は言い出したら、聞かないからな。そういうお前も悪いのだぞ?」
「何がですか?」
「エミール君の気持ちも、私は理解できる。アンリエッタ、お前はイザーク卿と仲が良すぎるからだ」
「でも、兄と妹以上の親しさではありません」
「本当にそうか? お前の中で婚約者のエミール君と比べて、幼馴染みのイザーク卿の方が結婚相手として好ましいと、考えたことはなかったか?」
「お父様の方こそイザークお兄様がエミール様よりも、男性として格上だと考えているから。こんな話をするのでしょう?」
「それは……」
私の指摘が図星だったらしく。お父様は顔をしかめ、急に黙りこむ。
「私と同じ年齢のエミール様は、イザークお兄様よりも、五歳も年下です。だからお兄様よりも未熟なのはわかります」
「何が言いたい?」
「ですから、五年後にはもっとエミール様も、頼りになる男性になると……今までは信じていましたが」
(あんな告白を本人から聞いた後では。……もう、そんなふうに信じたり、期待することはできないわ)
一度、心が離れると。時間の経過とともにエミール様への嫌悪感が、どんどん膨らんで行く。
──もう、私自身にも止められない。
「ど、どちらにしてもだ……すぐに結論は出せない。とりあえずアップトン男爵と話し合ってみよう」
「はい」
実の父親でさえ、こんな反応なら。……きっとエミール様のお父様、アップトン男爵も似たような反応をするだろう。
(このまま黙って我慢するしかないの?)




