3話 年上の幼馴染み
癇癪を爆発させ『怒りにまかせて、やらかした!』……という自覚があった。
「私自身に後悔はないけれど。……でもイザークお兄様を巻き込んでしまったわ。伝えに行かないと」
自分の失敗の告白をしに、学園から帰宅途中にバラスター公爵家へと寄った。
「突然、来てごめんなさい。イザークお兄様にどうしても伝えたい、大切なお話があるの」
先触れを出さずに不作法な訪問だったけれど。執務室で仕事中だったイザークお兄様は、快く私を受け入れてくれた。
「ちょうど休憩にしようと思っていたから、構わないよ。君もお茶に付き合ってくれるだろう?」
「ええ、喜んで」
見なれたバラスター公爵家の居間に落ち着き。使用人が用意した熱々のポットから、カップにお茶を注いでイザークお兄様に手渡す。
イザークお兄様はお茶の香りをゆっくりと楽しみ、一口飲むと……カップを皿にのせて、ローテーブルに戻した。
「久しぶりだね、アンリエッタ。元気だった?」
「それが、あまり元気ではないの。お兄様……」
美味しいお茶だけでは、私の傷ついた心は簡単に癒されそうにない。
イザークお兄様の穏やかな声を聞き、ずっと我慢していた涙がポロポロとこぼれ落ちた。私は慌てて手のひらで顔を隠す。
「ご……ごめんなさい!」
「おおっとぉ……アンリエッタ、本当にどうした?」
一人掛けの椅子から腰を上げたイザークお兄様は、ソファセットの長椅子に座る私の隣に移動した。
ポケットから白いハンカチを出すと、私に手渡してくれる。
「ごめんなさい、イザークお兄様。私……盛大にやらかしてしまったわ」
「やらかした? 何を……?」
「………それが」
いくら相手が幼馴染みのイザークお兄様でも。自分の婚約者が頭のオカシイ人だと話すのは勇気がいる。私はほんの少し躊躇した。
「アンリエッタ。君が話してくれないと……助けたくても、助けられないよ?」
「お兄様……」
学園の中庭に呼び出されて聞かされた、不愉快なエミール様の告白。……そして私自身も怒りにまかせて、イザークお兄様を巻き込んでしまったことをすべて話した。
「……それはまた、ずいぶんとエミール卿も非常識だな。基本的に政略結婚の意味を、彼は間違えているな」
「ええ、本当に!」
(私の考えはおかしくないはずだわ)
「結婚して後継者を一人か二人作り、義務をはたした後なら……妻以外の相手と恋を楽しむのも、貴族には珍しいことではないけれど」
イザークお兄様は眉間にしわを寄せて、難しい顔をする。きっと頭の中ではたくさんの知識や考えが、駆け巡っているのだろう。
「そうなの。結婚してもエミール様には、出来れば私だけを好きでいて欲しかったけれど。結婚前からこの調子だとね……絶望的だわ。あんなにオカシイ人だったなんて、笑ってしまうわね」
イザークお兄様に借りた真っ白のハンカチに、涙で染みを作りながら。私は淑女のプライドを振り絞って精一杯、イザークお兄様に笑って見せた。
(こんなに嫌悪感が強くては、私はエミール様を愛せない。もしかすると憎んでしまうかも)
とても理解出来そうにない相手に、結婚で一生縛り付けられるのかと思うと……絶望の淵に立たされている気分だ。
「エミール卿のように結婚前の婚約の時点で、そんな話をするのは……婚約者と婚約者の家を軽んじているということになる。ご両親に今のうちに相談したほうが良さそうだ」
「ええ、帰ったらお父様に話してみるわ」
お互いの家を結びつけるための、政略結婚だからこそ。愛や恋は後回しにして、敬意を持って婚約者を大切にする。
その大原則をエミール様は破った。




