19話 奇妙な噂2
私はお母様に言われた通り、イザークから噂の真相を聞き出すために、礼儀正しく先触れを出してからバラスター公爵邸を訪れてみると。
玄関ホールで満面の笑みを浮かべて、イザークが私を出迎えてくれた。
「良く来たね、アンリエッタ。留学の準備はどうだい?」
「ええ、何もかも順調よ。私よりも公爵家の仕事がある、あなたの方がずっと忙しいのでしょう?」
イザークはいくつも事業を経営しているから。私と忙しさを比べるなんて、申し訳ないとさえ思えてくる。
「まぁ……普段から頼りになる人材を集めて、要所に配置しているから。今のところ慌てて私が、動き回らずに済んでいるよ。父上も健在だしね」
「さすが、イザークね」
(怖いほど有能な人なだけあるわね。たとえ忙しくても、口に出して言わないところがすごいわ)
「ふふふっ……それより、アンリエッタ。何か私に話があって来たのだろう?」
「ええ」
落ちついて話をしようと、居間へ向かってゆったりと二人で歩きながら。
私は待ちきれなくて、早々と弟に聞いたエミール様とレティシア嬢の婚約についてたずねた。
「ああ、その話か。何だもう、君の耳にまで届いたのか」
「ええ、弟が学園で噂になっていると教えてくれたの」
(お母様のいう通り、イザークは知っているのね?)
「実は君が『悪女』だと嘘の醜聞を広げたエミール卿に、母上が激怒してね」
「あんな噂……真実ではないけど、やっぱり恥かしいわね」
(未来のお義母様に自分の醜聞を知られているなんて、すごく気まずいわ)
噂は嘘でも……醜聞は醜聞だから。どうしても恥ずかしい。
「君が恥かしがることではないよ。何も悪いことはしていないし、堂々としていると良い。……それに、この件に関してはすでに母上が手を打ったしね」
「手を打った? 公爵夫人が? そんなことが出来るの⁉」
イザークはニヤリと笑う。
「アンリエッタ……少し耳を貸してくれる」
「……え⁉」
(何かしら?)
ヒソヒソと声を潜めて話すイザークに言われた通り、私はイザークの唇に耳を寄せた。
「ここでは話せないよ。良い子だから、二人っきりになるまで我慢しなさい」
と囁き。イザークは私の耳にチュッ! ……と不意打ちのキスをした。
「ひゃっ!」
私は驚き。キスをされた耳を手で押さえて、慌ててイザークから一歩離れた。
「ふふふっ……居間へ急ごう」
「もう、イザーク! 揶揄わないで」
イザークは上機嫌でパチンッ! と私にウインクをする。
婚約して以来、ずっとイザークはこの調子だから、私の方は、狼狽えてばかりいる。
そんな私たちのやり取りを、使用人に見られてしまったけれど。さすがは公爵家に雇われている人材と言うだけはあり。
微笑み絶やさず静かに去って行く。
(ううっ……いたたまれない)
居間に入り扉をパタンッと閉じると。
イザークは先にソファに座り、自分の膝をポンッ、ポンッ、と叩き私を呼んだ。
「ほら! おいで、アンリエッタ」
イザークは自分の膝に座れと、両手を差し出して私に催促する。
「イザーク! 私はもう、小さな子供ではないのよ」
(いくら婚約者でも、ソレはおかしいでしょ⁉)
「でも、話の続きを聞きたいだろう? だったら、先に報酬をくれないとね」
「もう……っ!」
「知りたくないの?」
「知りたいわ!」
好奇心をおさえられなかった私は……結局、イザークの膝に座り、長い腕でガッチリと抱きしめられた。
「……それで公爵夫人が手を打ったとは……実際にどうしたの?」
「何てことは無いさ。彼らの醜聞を新たに作って広めたんだよ」
「醜聞を作ったですって⁉ ……公爵夫人が?」
(わぁ~嘘でしょう⁉ 驚いた!)
──弟のリシャールが言っていた……
『二人は姉上と婚約していた頃から愛しあっていて。学園で密会を繰り返していたという話です』
つまり、あの話は公爵夫人が作って流した噂だったのだ。思わず私は唸ってしまう。
「んんんん──っ……」
イザークは唸る私の頬にキスを落とすと……
「母上を怒らせると本当に怖いんだ。君も気をつけるんだよ」
……と言いながら、イザークは意地悪そうな笑みを浮かべる。私のお母様と同じ反応だ。
私も公爵夫人は敵に回してはいけない人だと、素直にコクリとうなずいた。
「うん。わかったわ」
「良い娘だ」
……と言って、今度は私の額にキスをするイザーク。
噂の真相を知り好奇心も治まると。心に余裕が出来た私は、気軽にイザークを揶揄った。
「……本当はイザークも公爵夫人と一緒に、醜聞を流したのではないの?」
「ふふふっ… 聞きたい?」
「ええ、聞きたいわ」
「報酬はキスが良いな」
私は小さなため息を吐いて頬にキスをすると、イザークは楽し気に笑い、語り始める。
「はははっ……実は母上のように、私から活発に働きかけた訳ではないんだ」
「何をしたの?」
「レティシアのことをたずねられた時だけ……」
『嫉妬を燃やすレティシアにうんざりして彼女を無視し続けたら。傷ついた彼女は、エミール卿に慰められるうちに、二人は愛し合うようになったらしい』
……と、イザークは話したそうだ。
社交界でもレティシア嬢が、イザークの商談相手を怒らせて、契約をつぶしたことは有名で。
婚約破棄を知った、友人や知人たちがレティシア嬢の話題をイザークに持ちだしたそうだ。
その醜聞を知ったロスモア伯爵は、娘の密会相手とされるアップトン男爵家のエミール様に、慌てて嫁がせることを決めたのだ。
「なるほど。……でもエミール様にはその話がご褒美だったみたいよ?」
「ご褒美?」
「ええ。弟の話だとエミール様はレティシア嬢と婚約できて、大喜びしていたと。彼の従弟が話していたらしいの」
(本当に最低。エミール様は私を愛していると言っていたクセに。……まぁ、私もイザークと婚約して、今は良かったと思っているから、お互い様だけど)
「エミール卿はレティシアの我儘が、怪物級だと知らないからな」
「怪物……級?」
「プライドの高いレティシアが、数段も格下の男爵家に嫁ぐことになったのに。穏やかでいられると思う?」
「ああ、確かに! イザークの話を聞いただけでも、レティシア嬢はかなり、激しい性格のようだから」
想像すると、私までうんざりする。
「喜んでいられるのは今だけさ。きっとエミール卿は、地獄を見ることになるだろうね」
イザークはそう言うと、またニヤリと意地悪そうに笑う。
──それから、しばらくすると。バラスター公爵夫人はその噂話に、後日談を付け加えた。
『エミール卿に浮気をされて、深く傷ついた元婚約者のアンリエッタ嬢は、幼馴染みのイザーク卿に慰められるうちに、二人の間にも運命的な愛が芽生え婚約した』
そうやってイザークと公爵夫人は、社交界で私をロマンチックなヒロインに仕立てあげた。
バラスター公爵家の影響力は、それほど大きいのだ。




