14話 神殿の中庭で
バラスター公爵領の神殿で、三日前に決まったばかりとは思えないほど。婚約式は何の問題もなく無事に終わった。
これもイザークお兄様が恐ろしく有能だからだろう。……と思っていたが。
何気なく忙しそうに働く神官見習いの少年に、労いの言葉とともにおやつ代程度のお金を入れた包み紙を渡した。
……その時、お金で気を良くして口が軽くなった神官見習いに、恐ろしい話を聞いた。
『急に決まった婚約式なのに。こんなに素晴らしい式にして下さり、ありがとうございました』
『婚約式の依頼は、イザーク卿から一ヶ月ほど前にされていましたから』
神官見習いの少年は不思議そうに私を見ながら答えた。
『えっ⁉』
『ああ、ご令嬢はご存知では無かったのですか?』
『はい』
『依頼を受けてすぐに準備を始めたので。お二人の祝福の日のために、私たちも心を込めて、お手伝いすることが出来て光栄でございます』
『……っ???』
私たちの婚約は三日前に決まったばかりなのに。イザークお兄様の頭の中では、一ヶ月も前から決定事項だったらしい。
(お兄様はいったい、どこからこの計画を立てて用意周到に準備していたのかしら⁉)
つまり私とエミール様の婚約破棄が正式に決まる前から、イザークお兄様は私たちの婚約の準備を、着々と進めていたことになる。
さすがに驚いて、そのことをお兄様に確認してみると──
「ああ。この神殿は人気があるから。……たとえこの地の領主、バラスター公爵家でも。先に依頼した人たちを押し退けて、自分たちの都合に合わせさせるような、無茶は出来ないからね」
確かにバラスター公爵領にある、この神殿は人気がある。恋人たちの聖地と呼ばれるパワースポットがあるからだ。
「だから……私の婚約解消が決まる前に、依頼したのですか?」
「うん、依頼を取り消すのは簡単だから。私たちの婚約式を、ねじ込むことが出来て幸運だったね」
何だか、クラクラして来た。私は頭を押さえて目を閉じた。
「……」
(恐ろしく有能なお兄様の頭の中が理解できない。……いいえ、理解出来ているけれど。私の心が追い付かないわ)
予期していなかった、私の将来を左右する重大なイベントが、この短期間で次々と急ピッチで進められ。
婚約式を終えても、自分が本当に未来の公爵夫人になるが信じられず。
未だに私は『何かの間違いではないの?』と……戸惑っている。
そんな私にお兄様から、神殿の中庭の散歩に誘われた。
「アンリエッタ……少し話をしないか? 庭に出よう」
「……ええ」
(思い返すと。エミール様に『好きな人がいる』と言われた日以来。二人で落ち着いて話したことが無かったわね)
──この神殿の中庭には、子供の頃に何度か来たことがある。
まるで公爵邸の庭園だと言われてもおかしくないほど美しい。
それもそのはずで、公爵邸の庭師たちの手で完璧に整えられているからだ。
「久しぶりに来たけれど、綺麗ね……」
「花の季節ではないのが残念だよ」
「ここに来るのは何年ぶりかしら? とても懐かしい気持ちになるわ」
(確か……私がエミール様と婚約した頃から、足が遠のいたのだわ)
「実は私も久しぶりに来たんだ」
「あら、元婚約者のレティシア嬢とは来なかったの?」
隣を歩くお兄様を見あげてたずねると。珍しく不機嫌そうな顔をしている。
「来ないよ」
(私に揶揄うつもりは無いけれど。さすがに婚約したばかりで、別れた婚約者の話題を持ち出すのはルール違反だったわ)
反省。
「……そうなの?」
この中庭はバラスター公爵領で暮らす恋人たちに、大人気のパワースポットだから。
女神像が祀られている小さな池の前まで来ると、石造りの長椅子に、二人で並んで座った。
池の真ん中に祀られている女神像に見せるように、恋人たちが愛の告白や求愛をして愛が実ると── そのカップルは幸せになれるという噂があるのだ。
この場所は知る人ぞ知る、恋人たちの聖地として有名で。その噂は密かに近隣の貴族たちの耳にまで届いていて。
公爵領の領民たちだけでなく、こっそりと若い貴族たちもこの神殿の中庭に訪れているらしい。
「……」
以前、元婚約者のエミール様に、私も求愛して欲しくてこの場所の噂を教えたけれど。結局、エミール様は私の期待に気づかなかった。
私が求愛の催促をしなかったから。エミール様はこの中庭で求愛することなんて、思いつかなかったらしい。
……そんなことを、ボンヤリと思い出していると。イザークお兄様も私と似たようなことを考えていたらしく。元婚約者のことを語った。
「レティシアに何度かつれて来て欲しいと、ねだられたけど。私は彼女とここに来たくなかったから……」
「お兄様はレティシア嬢のことが、そんなに嫌いだったの?」
何気なくたずねると。その瞬間、お兄様の表情が険しくなった。
「……アンリエッタ。いいかげん君も気づいても、良い頃だと思うけど? 君のご両親はとっくに、気づいているのに。……もしかして、わかっていて言っているのか?」
イザークお兄様は私の手をキュッと握りしめ、真剣な眼差しで私を見つめる。
いつもの穏やかな雰囲気はどこにもない。
私の胸の中で心臓がドクンッ!と大きく跳ねた。
「……何が?」
「私が君の夫になるのは……そんなに嫌か?」
「え?」
「私は君にとって男としての魅力が、そんなに無いのか?」
「お……お兄様?」
イザークお兄様が傷ついているように見えた。
「君はそんなにエミール卿が好きなのか?」
「……っ!」
また、私の胸の中で心臓がドクンッ!と跳ねた。




