13話 婚約
ニコニコとほほ笑みながら、公爵夫人とイザークお兄様はひたすら圧をかけてくる。
私たちにこれ以上ないほどの良い縁談を、差し出した公爵家に対して、お父様と私は『家の格が違うから』と、簡単に断わることなど出来ない。
ここでこの話を断れば、隣国の王家に話を通したバラスター公爵家とイザークお兄様の顔を潰し、侮辱することになる。何より外交問題になりそうな案件だ。
「わ……わかりました。アンリエッタをよろしくお願いします、イザーク卿」
完全に退路を断たれたお父様は、降参の白旗を振った。
「……っ」
(醜聞になってしまった以上、私は良い相手と結婚は出来ないと覚悟していたけれど。まさか……こんなに苛酷な結婚になるとは、思いもしなかったわ)
隣国の王弟殿下と妃殿下のもとへ二年間、行儀見習い(花嫁修業)に行き。そのうえ、この完璧なイザークお兄様の妻になるのだ。
──きっと周囲から完璧な妻になることを、私は求められるだろう。背筋が寒くなるほど緊張する。
当のイザークお兄様は光り輝く美しい顔で、嬉しそうに微笑んでいる。
そんなイザークお兄様を見つめる自分の顔から、血の気が引いて行くのが分かる。
「こんなことになるなら、最初から婚約させておけば良かったわね、フェアウェル子爵?」
公爵夫人はさらりと言うと、満面の笑みを浮かべる。
遠まわしに『無駄なあがきをしたわね』……と公爵夫人はお父様に嫌味を言ったのだ。
「はい……公爵夫人。今思えば……私もそう思います……」
普通に良識のあるお父様は、過去に一度私とエミール様の婚約が決まる前に、イザークお兄様との縁談を断わっていたのだ。
そんな経緯からお父様は公爵夫人に嫌味を言われ、ガクリと肩を落とした。
お母様は黙ってお茶を飲みながら、お父様と公爵夫人のやり取りを微笑みながら見守っている。
私自身はこの場でバタンッ! と倒れてしまいたい気分だ。
「話も上手く纏まりましたし。早速ですが、子爵。書類の確認をお願いします」
……と言いながら、イザークお兄様は上着の内ポケットから書類が入った封筒を出して、お父様に差し出した。
「イザーク卿、コレは……?」
「はい、婚約契約書です。父と弁護士に相談して、先に作って来ました」
お兄様は留学と婚約の話をフェアウェル子爵家に持ってくる前に、恐ろしいほどの有能さで、完璧な婚約契約の書類まで用意していたのだ。
お父様はその場で書類に目を通すと。
フェアウェル子爵家にとって、これ以上は無いと言って良いほどの好条件を、バラスター公爵家から出されていると知り息をのむ。
「本当に……この婚約契約でよろしいのですか?」
書類を持つ手を密かにブルブルと震わせながら、お父様はたずねた。
「はい、子爵。私の元婚約者の件でフェアウェル子爵家には、ご迷惑をかけましたから。謝罪の気持も含まれています。……どうか受け取って下さい」
「そ、そうですか……」
私個人にではなく。フェアウェル子爵家に公爵家から銀鉱山が譲渡されるらしい。
イザークお兄様が持って来た完璧な書類に、お父様はその場で署名した。
──両家の話し合いの三日後。
バラスター公爵領の神殿で近しい友人や王都在住の親戚が集まり、私はお兄様の婚約者となっていた。




