12話 バラスター公爵家の提案
イザークお兄様とバラスター公爵夫人を、家族(※弟不在)で迎え、居間に落ちつくと。
最初にイザークお兄様が口を開いた。
「私の問題に君まで巻き込んでしまって……アンリエッタ、本当にすまない。学園で辛い思いをしていると聞いたよ」
「ええ。本当に思ったよりも騒ぎが大きくなってしまって、私も驚いているの」
(一番の原因は元婚約者のエミール様が、学園中で言いふらしているのが原因だと思う。恥知らずなうえに口まで軽いなんて……!)
ついついイザークお兄様が相手だと、甘えたくなってしまうからいけない。
お兄様の穏やかな声を聞くと、急に今までの悔しさが込みあげて来て、声をあげてわんわんと泣きたくなった。
……だけど公爵夫人もいるし。私を心配する家族も見ているから。気軽に泣いたり出来ない。
目の前にいるのがイザークお兄様だけなら、迷わず泣いていただろう。
涙がこぼれないよう、ググッ! と眉間に力を入れると。私は気力を振り絞ってお兄様と公爵夫人に笑って見せた。
そんな私の心情を慮り、公爵夫人は優しい慰めの言葉を口にする。
「今年、アンリエッタは社交デビューをするはずだったのに。……来年に延期することにしたそうね? 私も楽しみにしていたのに、残念だけど仕方ないわね」
公爵夫人は私が産まれた時から、自分の娘のよう可愛がってくれる。だから私の社交デビューを、楽しみにして待っていたのが本当のことだと分かる。
「はい、公爵夫人。本当に理不尽な話です」
私はションボリとうなずいた。私も人並みにデビューを待ち望んでいたから。
学園内の話はすでに社交界の話題へと飛び火して。そんなところに私がデビューしたら、火に油を注ぎ醜聞の的になってしまう。
それを知っていて自分から飛び込むのは、精々虫ぐらいだ。
「小さな赤ちゃんの頃から見てきた、あなたのデビューを楽しみにしていたのに。本当に残念だわ……」
白くほっそりとした手を私の方へのばし。公爵夫人は私の手を撫でた。
公爵夫人の心からの言葉に、私は少しだけ癒される。
「はい」
(ダメだわ。こんなに優しい言葉をかけられたら……また涙がこぼれそう)
──たぶん、来年デビューしても微妙だと思う。……今年起きた私の醜聞が、社交デビューで再び火がつくかもしれないから。
醜聞とは一度起こすと、そうやって一生付いて回るのだ。こうなると私の結婚も絶望的だろう。
いよいよ神殿で女神様に仕えることを考えなければならない。
(私は本当に傷モノになってしまったのね……)
私と公爵夫人のやりとりを、静かに見守っていたイザークお兄様が、話し始めた。
「それで実はフェアウェル子爵家の皆様に、バラスター公爵家から提案があります」
「ほぅ……提案とは?」
お父様がお兄様に聞き返した。
「アンリエッタを隣国の伯母上のところへ、行儀見習いに行かせてはどうかと思いまして」
「娘を行儀見習い……ですか?」
「はい」
「イザーク卿の伯母上と言えば……まさか!」
お父様が顔色を変えて慌て始めると、お父様の隣に座っていたお母様がさらりと答えた。
「隣国の王弟殿下に嫁がれた、公爵夫人の姉君。……我が国の第二王女殿下のところですね」
「はい、子爵夫人」
驚愕するお父様にお兄様はニコニコと微笑む。
公爵夫人と仲が良いお母様の方は、前もってこの話を聞いていたらしく。別段、慌てる様子もなく公爵夫人と一緒に微笑んでいる。
……それもどこか、楽し気な雰囲気を醸し出しながら。
「……っ⁉」
私はと言えば、お父様と一緒に驚愕していた。
「うふふっ……どうかしら? さすがに隣国までは醜聞も届いてないから、アンリエッタも今年デビュー出来るわよ」
……と楽しそうにバラスター公爵夫人が微笑む。
──提案だと言いながら。
次に放ったイザークお兄様の言葉で、この話はすでに決定事項なのだと悟った。
「手紙で先方に伝えたら、快く受け入れることを承諾してくれました。アンリエッタのために、準備を整えてくれています」
隣国の王家相手に、手配を終えていると言うのなら。断れる段階はとっくに過ぎている。ヘタに断れば外交問題になるからだ。
「私が行儀見習いに行くのですか⁉」
(隣国の王弟殿下と妃殿下のもとへ? 平凡な子爵令嬢に、なんてムチャぶりなの⁉)
どう反応して良いのか分からず、私は唖然とした。おかげで涙が引っ込んだけど。
イザークお兄様は私にニコリと微笑み。次にお父様にも微笑みかけた。
……そして追いつめるように返事の催促をする。
「隣国も公用語を使っているから、言葉に苦労することもないしね。どうでしょうかフェアウェル子爵?」
「……」
私が言葉を失い、呆然としていると。
「うふふっ……もちろんアンリエッタは、行きたいわよね?」
……と私は公爵夫人にさらなる追い打ちをかけられた。
「で……ですが、隣国の王族の元へとなると……我が国との外交的な問題が、出て来るのではありませんか?」
こんな中でお父様は果敢にも小さく反抗すると。
イザークお兄様はすべて考えてあると、余裕をもって答える。
「ええ、そこでもう一つ提案があります。アンリエッタを私の婚約者として行かせるのです」
「……っ⁉」
「……っ⁉」
私とお父様は二人一緒に息をのんだ。




