10話 別れ
結局、私はエミール様の嘘の告白を聞いてから、二週間も学園を休んだ。
ようやく意を決して学園へ行くと。
予想通りエミール様に『話がしたい』……と学園の裏庭に呼び出された。
「全部、僕の嘘だったと知っているだろう? だから君からフェアウェル子爵に、婚約は解消しないで欲しいと頼んでくれないか?」
私には『黙って我慢しろ』という姿勢だったお父様も。
さすがに他人の言葉に流されて起こした、エミール様の短絡的な問題行動を黙って見てはいられなくなり。
私たちが別れるための書類を作り始めた。
──何より婚約の解消は、私自身が強く望んでいるから。エミール様の話を、お父様に伝える気はない。
「今さら、なんのためにですか?」
自分でも驚くほど、冷たい声で答えた。
エミール様に掛ける私の声に、熱が戻ることは今後、一生ないだろう。
(そんな話よりも、あなたは私に嘘を吐いたことを謝る方が先でしょう? そんなことも出来ないほど未熟なの⁉)
「僕は君が好きだから。どうしても確かめたかっただけなんだよ。ロスモア伯爵令嬢に、君たちが付き合っていると聞いて、嫉妬で死にそうだったよ!」
この程度の話では私の心は動かないし。熱も戻らない。完全に私の恋は終ったのだと、改めて自覚した。
「嫉妬したから私に嘘を吐いて傷つけたの? あなたは信じてくれないでしょうけれど。私はエミール様のことが、本当に好きだったのよ⁉」
(それなのに……あなたは私を傷つける選択をした。そのことに少しは躊躇したのかしら? きっとしなかったでしょうね)
以前なら飛びあがって喜んでいたはずの、エミール様の告白がどうでも良く感じた。それどころか白々しくさえ思えて、増々私の心から熱を奪って行く。
「嘘をつくな! あの時、君はイザーク卿が好きだと言っただろう? 僕がどれだけ傷ついたと思っているんだ⁉ 君が浮気を認めて、僕にきちんと謝罪して、彼と別れたら。僕は君を許す気でいたのに」
「ほら、また私の言葉を信じない。だからあなたが私を好きだという言葉も、私は信じないわ」
(自分の方が被害者だというのね? あきれた。わざわざ、あの時の気持ちを説明して、納得させる気にもならない)
でも、これが本音を伝える最後の機会だから。エミール様が信じなくても、私の気持ちを正直に話す。
「……イザークお兄様は、何もかも完璧で特別なの。だから平凡な私には合わないのよ。大好きなお兄様だからこそ、完璧な女性と結婚して欲しいわ」
「何だよ! イザーク卿の自慢をしているのか⁉」
「いいえ、違う。正直、お兄様の恋人や奥様になる女性は、すごく苦労すると思う。いくらお兄様が大好きでも、私はそんな苦労はしたくない。だから私は妹で満足だわ」
「そ、そんなの嘘だ! 僕は信じないぞ、アンリエッタ」
エミール様の瞳が揺れた。少しは私の言葉を聞く気になったのかもしれない。
きっと同じ男性の目から見ても、イザークお兄様が完璧なのが分かるのだろう。
「平凡な私はね、平凡な幸せが欲しいの。特別ではなくても良かった。だから、私と同じで完ぺきではない、あなたが好きだったわ」
人より不器用で、言葉が足りない時があるけど。そんなあなたのことが好きだったから。
エミール様を見ていると、少しずつ気持ちが読めるようになって。
私たちの気持ちが通じ合って行くのだと……それが嬉しかったのに。
……それも、もう終わり。
「嘘だ! アンリエッタ、僕はそういう嘘は聞き飽きたよ」
「結婚するのがアナタで私は幸運だと、ずっと思っていたのに。私の気持ちを信じて欲しかった」
(これだけ言っても、この人は信じてくれない)
私の気持ちはエミール様の心に一つも届かない。通じ合えない。
このまま結婚したら、こんなふうに私たちはケンカを続けることになる。
そしてすぐに離婚するのだ。だから結婚出来ない。
「僕だってずっと、君が好きだったさ! でも君は、君は……っ!」
「今は……私を傷つけたあなたが大嫌いよ!」
私はイライラとして、エミール様の言い訳を遮るように言い放った。
「アンリエッタ!」
「婚約破棄の書類が完成したら、すぐにアップトン男爵家に届けるそうです。 これであなたもイザークお兄様のことで、悩むことはなくなるわ」
婚約解消ではなく。お父様は婚約破棄をして、アップトン男爵家から違約金の支払いを請求することに決めた。
それほどエミール様の行動は誠実さの欠片も無く。フェアウェル子爵家にとって迷惑だったからだ。
「政略結婚だから。おたがい恋愛感情なんて持たなければ、こんな問題は起きなかったのにね」
「そんな……僕はただ、嫉妬に狂いそうで。君の気持ちを確かめたかっただけなのに! 本当に婚約解消をする気なんて無かったよ!」
「さようなら」
あなたは最後まで謝らないのね。私が別れの挨拶をして、クルリと背を向けると。エミール様が呼び止めるように叫んだ。
「やっぱり君は、イザーク卿と結婚する気なんだな⁉」
「卒業まであと二年あるけれど。……学園で会っても、話しかけないで下さい。エミール卿」
(もう、うんざり! こんな人と話す価値も無い)
私から恋心が消えてなくなり冷静になると、エミール様には良いところなど一つもなく、欠点しか見つからない。
ハァ――――… と私は大きなため息をついて、歩き去った。




