外国からの転校生
九月に入って二学期が始まった。
始業式の朝、永和は職員室で校長から話を聞いた。
「皆川先生、今日から、おたくのクラスに転校生が入ることになってね」
「転校生、ですか」
「うん。カンボジアから来た子でね。お父さんが、あそこの山田農園で働いとる人で」
山田農園。町の外れにある、大きな農家だった。技能実習生を何人も受け入れていることで知られていた。
「技能実習から特定技能に切り替わって、二階級まで上がったらしい。そうなると家族を呼べることになってね。奥さんと子供を本国から呼び寄せたそうだ」
「……家族で、いらしたんですね」
「うん。ただ奥さんも子供も、まだ日本語が全く話せないらしい。お父さんが通訳になるそうだけど」
校長は少しだけ言いにくそうにした。
「皆川先生、悪いけど受け入れを頼めるかな。日本語の支援員は、うちには居ないから」
「はい。……わかりました」
永和は、そう答えた。
でも正直なところ不安だった。
日本語が話せない子供を、どう受け入れればいいのか。
教室に戻ると四年生の子供たちが新学期の空気にざわついていた。
「先生、おはようございます」
「おはよう」
永和は教卓に立って深呼吸をした。
「今日から、みんなのクラスに新しい友達が入ることになりました」
教室が、ざわめいた。
「転校生?」
「男の子?女の子?」
永和は手を挙げて静まるのを待った。
「カンボジアから来た男の子です。お父さんの仕事の都合で日本に来ることになりました」
「カンボジアって、どこ?」
「東南アジアの国だよ。日本から飛行機で六時間くらいのところだね」
子供たちは興味深そうに目を輝かせた。
「でもね、一つだけ、みんなにお願いがあるの」
永和は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「その子は、まだ日本語が話せません。だから、みんなが言ってることが分からないかもしれない。でも、それは、その子が悪いんじゃない。言葉が違うだけ」
教室が静まった。
「みんなには優しくしてほしい。分からないことがあったら、ゆっくり話してあげてほしい。いいかな」
「はーい」
元気な返事が返ってきた。
永和は少しだけ、ほっとした。
胸元のポケットに入れた依石袋が微かに温かかった。
「姫様、聞こえる?」
心の中で、そっと問いかけた。
――うむ
静かな声が返ってきた。
――外国の子というのか
「うん。カンボジアっていう海の向こうの国から来た子」
――ほう
姫様の声には好奇心が滲んでいた。
――外国の人間を、この目で見るのは初めてじゃな
「そうだよね。……ちょっと、楽しみ?」
――ふん。ただ、見てみたいだけじゃ
永和は小さく笑った。
やがて教室のドアが開いた。
教頭先生が一人の男の子を連れてきた。
小柄で色黒で短い黒髪の男の子だった。
男の子は教室の中を見回して怯えたような目をした。
その目が永和の心を静かに締め付けた。
「皆川先生、連れてきました」
「ありがとうございます」
教頭先生は男の子の肩に手を置いて教室の中に促した。
男の子は、ぎこちない足取りで教卓の前まで来た。
永和は男の子の目線に合わせて、ゆっくりとしゃがんだ。
「おはよう。皆川永和です。今日から、よろしくね」
男の子は永和を見た。
でも何も言わなかった。
言えなかった。
永和は笑顔を保ったまま、ゆっくりと頷いた。
「分からなくても大丈夫。ゆっくりでいいからね」
男の子は小さく頷いた。
その仕草が精一杯の返事に見えた。
永和は立ち上がってクラスに向き直った。
「みんな、新しい友達だよ。名前は……」
永和は教頭先生から渡されたメモを見た。
「ソパックくん。ソパックくんと呼んであげてね」
「ソパックくーん」
子供たちが元気に声を上げた。
ソパックは、びくっと体を震わせた。
その反応に永和の胸が、もう一度、締め付けられた。
永和は心の中で姫様に問いかけた。
「姫様」
――うむ
「大丈夫かな、この子」
姫様は少しの間、答えなかった。
――……怖い、のじゃな
「うん。言葉が分からないし知らない場所だし知らない人ばっかりだし」
――……そうか
姫様の声は静かだった。
でも、その静けさの中に何かを見つめているような気配があった。
ソパックは教卓の前に立ったまま俯いていた。
永和はソパックの肩に、そっと手を置いた。
「ソパックくん、席に案内するね」
ソパックは小さく頷いた。でも、まだ誰も話しかけようとはしなかった。
ソパックは席に座って俯いたままだった。
永和は教卓に戻って朝の会を始めた。
でも、ソパックの俯いた姿が視界の端に、ずっと残っていた。
「大丈夫だろうか」
心の中で、もう一度そう思った。姫様は何も言わなかった。
ただ依石袋の中で静かに見守っていた。
2026.8.25
毎日、暑いですね……
38℃とかって外国より暑いんじゃないの?
30℃位で暑いと言ってた昭和が懐かしい……
皆様も体調管理、気を付けて下さいね。




