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苔むす月の岩戸  作者: 小埜えりこ


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14/18

共に在ること

翌朝、永和はいつもより早く目が覚めた。


 まだ夜が明けきっていない、藍色の光が障越しに部屋を薄く染めていた。


 机の上の器の中、姫様の石が、そこに在った。


 永和は、しばらく布団の上で目を開けたまま天井を見ていた。


 昨夜の姫様の言葉が、そのまま胸の中に残っていた。


 ――……そなたには我の一部が確かに宿っておる


 ――……それを月讀は、まだ知らぬ


意味を、まだ完全には掴めていなかった。


 でも、その言葉が永和の内側で確かに座っていた。


 永和は着替えて台所へ立った。


 朝の水を汲む。


 姫様の器の水を新しく替える。


 それから自分の朝食の準備。


 どれもいつもと同じ……でも掌の感覚が少しだけいつもと違った。


 水を汲む手、器を運ぶ手、姫様の石をそっと入れる手。


 その全ての動きに姫様が居る、と永和は初めて意識した。


 朝食を済ませて部屋に戻った。


 永和は姫様の石を器から取り出して掌に乗せた。


「姫様」


 ――……なんじゃ


 姫様の声は昨夜と同じ、けれど待っている声だった。


 永和は畳の上に正座して石を膝の前に置いた。


 窓の外の朝日が少しずつ強くなり始めていた。


「改めて昨日、話してくれてありがとう」


 ――……うむ


「一晩、ずっと考えちょった」


 ――……そうか


 永和は少しだけ息を吸って姫様の石を見た。


「姫様」


 ――なんじゃ


「もし姫様が月讀様に何か言われて困る事があるなら……」


 ――……


「私、この命、姫様に返すけんね」


 部屋の中が、しん、と静かになった。


 朝日が畳の上に静かに落ちていた。


 姫様は、しばらく答えなかった。


 やがて姫様の声が、ゆっくりと落ちた。


 ――……お主は、強いな


 永和は姫様の石を、じっと見ていた。


 ――……だが、それはさせん


「姫様……」


 ――永和


 姫様の声は、いつもと同じ深く落ち着いた響きだった。


 ――そなたは、まだ我の話を聞き終えておらぬ


「え?」


 ――昨夜、我が独り言のように呟いた事を覚えておるか


「……我の一部が、宿っておる、って」


 ――そうじゃ


 永和は姫様の石を両手でそっと包んだ。


 ――そなたに与えた欠片は単なる守りではない


 ――長久の分霊じゃ


 永和は、その言葉を、ゆっくりと胸の中で繰り返した。


「長久の分霊……」


 ――そうじゃ


 ――長く久しく我と共に在る我が身の一部 


――そなたに与えた時に、そう申したはずじゃ


 永和は姫様の言葉を思い出した。


 まだ事故から間もない頃だった。


 病院から戻ってきて姫様と共に過ごし始めた最初の頃。


 姫様は確かに「長久の分霊」と口にした。


 永和にとっては、まだ二ヶ月ほどの日々。


 けれど姫様にとっての「長久」は、これからずっと続く時間の始まりだったのかもしれない。


 永和はその言葉の重みを、あの時はまだ完全には分かっていなかった。


――永和


「はい」


 ――そなたが命を返すと申した


 ――だが、それは出来ぬ


 ――そなたは既に我が身の一部を宿しておる


「……」


 ――返す返さぬの話ではない


 ――そなたと我は既に繋がっておる


 永和は掌の中の石を、そっと胸元に近付けた。


 石の温度が、いつもと同じで、いつもと違って感じた。


 ――そなたが命を返そうとするならば


 ――それは我が身の一部を、そなたから引き剥がす事になる


 ――我は、それを望まぬ


「……」


 ――我は、そなたを選んだ


 ――そして、そなたに我が身の一部を分けた


 ――それは我の揺るがぬ意志じゃ


 永和は少しだけ息を吸って、また吐いた。


 姫様の言葉が、ゆっくりと永和の内側に落ちていた。


 感情の言葉じゃなかった。


 姫様は神様の理として、それを言っていた。


「……姫様」


 ――なんじゃ


「私、姫様の一部を宿しとっと?」


 ――そうじゃ


「ずっと、一緒に居っと?」


 ――……そうじゃ


 永和は姫様の石を両手で、そっと胸に押し当てた。


 窓の外で蝉が鳴き始めていた。


 夏の朝が少しずつ濃くなっていく。


「姫様」


 ――なんじゃ


「命を返すって、私、軽々しく言うたね」


 ――……


「ごめん」


 ――……いや


 ――そなたの覚悟は我が受け取った


 ――だが、そなたは、それを口にせずとも既に我と共に在る


「一緒に居って良かと?」


――良か


 永和は姫様の石を、そっと掌に戻した。


 石の温度は、いつもと同じだった。


 でも、その温度が今は確かに近く感じられた。


 昨夜のような触れているのに遠い距離感ではなかった。


 姫様は、そこに居た。


 永和の中に確かに宿っていた。


 永和は少しだけ笑った。


「姫様、私、姫様の事これからも大事にするけんね」


 ――……うむ


「月讀様が、また来ても私、姫様の傍に居るけんね」


 ――……そうじゃな


「一緒に居ようね」


 姫様は少しの間、答えなかった。


 ――……ずっと、じゃ


 その一言が永和の内側に、ずっしりと落ちた。


 永和は姫様の石を、そっと胸元のポケットに入れた。


 朝日が部屋の中に、まっすぐに落ちていた。


 蝉の声が少しずつ大きくなっていった。


 夏の日が、また一つ始まっていた。


2026.8.4

第三話にあたるエピソード

完成です!

姫様との関係が(心の距離)が

強固になったところで

新展開を迎えます。

これからもよろしくお願い致します!

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