表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
苔むす月の岩戸  作者: 小埜えりこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/18

宿るもの

次の日、夕方近くまで姫様は静かだった。


 永和は普段と変わらぬように家事をして庭の水撒きをして夕飯の下拵えを手伝った。


 姫様の石は机の上の器の中で、じっと座っていた。


 永和は時折、器の中の石を見に来た。


 姫様は何も言わなかった。


 永和も何も聞かなかった。


 夕焼けが少しずつ庭を染め始めていた。


 夕飯を済ませて風呂に入り部屋に戻った。


 永和は電気を点けずに窓を少しだけ開けた。


夜風が部屋の中に、そっと入ってきた。


 机の上の器の中、姫様の石が月明かりを微かに受けていた。


 永和は、いつものように石を掌に取って畳の上に座った。


「姫様」


 ――なんじゃ


「今日も、暑かったね」


 ――……そうじゃな


 永和は姫様の石を、そっと掌の中で転がした。


 姫様は、しばらく答えなかった。


 永和も、それ以上は言わなかった。


 庭の隅で風鈴が一度、りん、と鳴った。


 ――永和


 姫様の声が、静かに落ちた。


「うん?」


 ――……そなたに話さねばならぬ事がある


 永和は掌の中の石を、ゆっくりと握った。


 姫様が「話さねばならぬ」と言った、その響き。


 それは、いつもの姫様とは違う改まった声だった。


「うん」


永和は、それだけ返した。


 姫様の言葉を、待った。


 ――壱岐の港で、そなたとすれ違うた者が居ったな


「……あの人?」


 ――うむ


 ――あの者は月讀の神じゃ


 永和は少しの間、姫様の言葉を飲み込んだ。


「……月讀様って、月讀神社の?」


 ――そうじゃ


 永和の掌の中の石が微かに震えた気がした。



いや、震えたのは永和自身の掌だったのかもしれない。


 ――月讀は、動かぬはずの我が壱岐の岸に居った事を不思議に思うた


「……」


 ――我は本来、岩戸の水底から動かぬ


 ――そなたに欠片を持たせて外に出した事、それは月讀の理解の外だった


永和は姫様の石を、そっと膝の上に置いた。


「……姫様」


 ――なんじゃ


「あの人が、壱岐で姫様に気付いたって事?」


 ――そうじゃ


「それで……姫様、何かされた?」


 姫様は少しの間、答えなかった。


 ――……三日前の夜、月讀が岩戸に来た


 永和は息を止めた。


 ――写し身、と言うてな。月讀は月光の届く場所ならば我が身の一部を飛ばせる


――我と同じ動かぬ神の一つの術じゃ


「岩戸に……」


 ――うむ


「何しに来たの?」


 ――……知りたい、と申した


「知りたい?」


 ――我が、なぜそなたに関わったのか。人の子に、なぜ我が身の欠片を分けたのか


 ――月讀にとって、それは理の外の出来事じゃ


 永和は膝の上の石を、また掌に取った。


 石は、いつもと同じ温度だった。


 でも姫様の言葉が、ずしりと永和の内側に落ちていた。


「……姫様は、なんて答えたの?」


 ――……あの娘は、我が選んだ、と


 ――それだけじゃ、と


 永和は少しだけ息を吸って、また吐いた。


「……月讀様は、どうしたの?」


 ――理解はしておらぬ


 ――だが、我の言葉は受け入れた


「……」


 ――今宵は戻る、と言うて月讀は消えた


 ――だが、また来る、とも言うた


 永和は、しばらく何も言えなかった。


 窓の外で蝉の鳴き声が微かに続いていた。


 夜の蝉は昼間よりも遠く静かに鳴くのだと初めて気付いた。


 姫様は、それ以上は語らなかった。


 永和が次の言葉を口にするのを待っていた。


 永和は姫様の石を両手でそっと包んだ。


「……姫様」


 ――なんじゃ


「話してくれて、ありがとう」


 ――……


「私、姫様が何かに困っとる事、なんとなく分かっとったよ」


 ――……そうか


「でも聞けんかった。姫様が話しとうなるまで待とうって思っちょった」


 姫様は少しの間、答えなかった。


 ――……そなたは、そういう娘じゃな


 ――我が選んで良かった


 永和は掌の中の石を、そっと胸元に近付けた。


 石の温度は、いつもと同じだった。


 でも今夜の温度は少しだけ確かに近かった。


 窓の外の月明かりが部屋の中に薄く落ちていた。


 風鈴が、また一度、りん、と鳴った。


 姫様は、しばらく何も言わなかった。


 永和も何も言わなかった。


 やがて姫様が、ぽつりと独り言のように呟いた。


 ――……そなたには我の一部が確かに宿っておる


 永和は姫様の言葉の意味を、すぐには掴めなかった。


 ――……それを月讀は、まだ知らぬ


「……姫様?」


 ――なんじゃ


「今の、どういう意味?」


 姫様は答えなかった。


 永和も、それ以上は聞かなかった。


 でも姫様の言葉が永和の内側に静かに残った。


 石の温度は、いつもと同じだった。


 夜の風鈴が、また、りん、と鳴った。


 永和は姫様の石を少しだけ強く握った。


「姫様」


 ――なんじゃ


「私、明日、話したい事がある」


 ――……うむ


 ――待っておる


 永和は、それ以上は言わなかった。


 姫様も、それ以上は聞かなかった。


 夜の音が部屋の中に静かに続いていた。


2026.8.4

更新に間が空かないのは

シフトが三連休なのです。

このお休みで第三話にあたる

エピソード書き上げたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ