↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第3章
PR
99/129

間羅の国編5話「本末転倒だな」

夏芽はしばらく黙っていたが、やがて大和へ視線を向けた。


「大和さん……おじいちゃんと、お父さんは……」


大和の表情が変わる。


「……やっぱり」


その一言に、エドワードが反応した。


「何かあったわけ?」


普段なら他人の事情に深入りしないエドワードが、珍しく口を挟んだ。

エドワードには、以前から引っかかっていることがあった。

最近、鷹司が「ローズ」に来ない。

あの鷹司が、何の前触れもなく姿を見せなくなる。

ただの気まぐれではない。

エドワードはそう確信していた。

夏芽は俯いたまま、静かに口を開いた。


「……おじいちゃんと、突然連絡が取れなくなりました」

「鷹司が?」


エドワードの声が低くなる。


「はい」


夏芽は膝の上で手を握りしめた。


「それに……お父さんと二十三年間会ってないんです…」


店内の空気が静まる。

大和も、源蔵も何も言わない。

夏芽は言葉を続ける。


「どうして……私を捨てたのか。ずっと知りたかったんです」

「……父親が?」

「はい」


夏芽の声が震える。


「だから……警護隊で禁止されていることだって、分かっていました。でも……どうしても知りたくて」


エドワードは黙って夏芽を見る。


「それで、マフィアに接近したのか」


夏芽は小さく頷いた。


「……はい」

「馬鹿だな」


エドワードの言葉は厳しかった。

けれど、責めるような声ではなかった。

夏芽は俯く。


「……すみません」

「謝れとは言ってない」


エドワードは短く息を吐いた。


「理由があるなら、話せ」


その言葉に、夏芽の肩がわずかに震えた。


「……十年前に、私を育ててくれた…おばあちゃんも亡くなって…」

「祖母さんが?」

「はい…。名前は桜と言います…」


夏芽は涙を堪えながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

祖母の桜は、強気で、さっぱりした性格だった。

言いたいことははっきり言う。

男勝りで、何事にも動じない。

そんな祖母だった。


けれど、夏芽が父親のことを気にしていることだけは、ずっと分かっていた。


十年前。

桜が亡くなる少し前。

二人きりになった時、桜は夏芽に言った。


『夏芽。あんたはあいつのこと、嫌いになるんじゃないよ』


幼い頃から抱えてきた疑問を、夏芽は桜に何度も尋ねていた。

なぜ父親は自分の前からいなくなったのか。

なぜ二十三年間、一度も会いに来ないのか。

桜はそんな夏芽の頭を撫でながら、静かに続けた。


『父親が娘のことが嫌いになるわけがないから……。あいつはね…。あんたのこと、ずっとずっと考えてるんだから……』


その言葉が、今でも夏芽の中に残っている。


「……でも」


夏芽の声が途切れた。


「それでも……分からないんです」


ぽろり。

一粒の涙が落ちた。


「どうして……私を置いていったのか……」


また一粒。


「私が……何かしたのか……」


涙が次々とこぼれ始める。


「嫌われたのか……それとも……」


夏芽は顔を伏せた。


「……本当は、私のことなんて……どうでもよかったのかって……」


大和が何か言おうとした。

だが、源蔵が静かに手を上げた。

今は、言葉を挟む時ではない。

夏芽は必死に涙を拭おうとする。

しかし、止まらない。


「……ごめんなさい。どうしても会いたかったんです。お父さんに…私…」


エドワードは黙って夏芽を見ていた。

そして、しばらくしてから静かに口を開く。


「夏芽」

「……はい」

「今まで、一人で抱えてたのか」


夏芽は答えられなかった。

ただ、涙をこぼしながら小さく頷いた。

エドワードは何も言わず、煙草を消した。

その表情には、いつもの皮肉も、軽口もなかった。


「だからって…」

颯太が口を開き、危険な行為をするなどと言いたいのだろう。


だが、ゴードンは、しばらく夏芽を見ていた

さっきまでアレクシアに向かって軽口を叩いていた男とは思えないほど、珍しく真面目な顔をしている。

そして、腕を組んだ。


「本末転倒だな。そこまでして自分のじいちゃんと父ちゃんを探したいのか?」

「ゴードンさん……」


エリオットが少し驚いたように声をかける。

ゴードンは夏芽から目を逸らさなかった。


「俺達も協力してやるからよ。そんなバカなことするのをやめろよ」

「……え?」


夏芽が顔を上げる。


「一人で危ない連中に近づいて、命張ってまで調べる必要なんかねぇだろ」


ゴードンは大きく息を吐いた。


「じいちゃんも父ちゃんも、見つけたいんだろ?」

「……はい」

「だったら、ちゃんと探せばいい。お前一人で全部背負う必要なんかねぇよ」


夏芽は黙ってゴードンを見る。


「俺は商人だ。人探しだって、情報集めだって、金と人脈を使えばできることはある」


ゴードンは自分の胸を軽く叩く。


「それに、ローズには妙に厄介な連中が揃ってるからな」

「誰が厄介ですって?」


アレクシアが呆れた顔をする。


「いや、褒めてんだよ!」

「そうは聞こえなかったんだけど?」

「旦那様」


横からルシアンが淡々と言った。


「今の発言は、かなり雑です」

「お前まで言うか!?」

「ですが、さすが旦那様ですね」


店内に、ほんの少しだけいつもの空気が戻った。

だが、夏芽はまだ涙を拭っていた。

ゴードンはそんな夏芽に向かって、少しだけ声を落とす。


「だからよ……もう無茶すんな」

「……」

「知りたい気持ちは分かる。自分を捨てた理由だって、本人から聞きたいんだろ」


夏芽は静かに頷いた。


「でもな」


ゴードンは真っ直ぐ夏芽を見る。


「その答えを探して、お前自身が壊れたら意味ねぇだろ」


夏芽の目から、また涙がこぼれた。


「……はい」


エリオットはそんな夏芽を見つめ、穏やかに微笑んだ。


「ゴードンさんの言う通りですよ。ここにいる皆さんなら、きっと力になってくれます」


セドリックも頷く。


「一人で抱え込む必要はありません」


夏芽は俯いたまま、震える声で呟いた。


「……ありがとうございます」


その言葉を聞いたエドワードは、何も言わなかった。

ただ、静かに夏芽を見ていた。

そして胸の中で一つだけ思う。


――鷹司。

お前が何も言わずに消えた理由。

俺も少し、気になってきたぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。