間羅の国編6話「連れてってくれよ。間羅の国へ」
アンナは先ほどの話を聞いて以来、すっかり聞き込みをする気になっていた。
「まずは聞き込みですね!」
「アンナさん、さっそく刑事気取りですか?」
ガブリエルが穏やかに突っ込むと、アンナは楽しそうに笑った。
「だって、こういう時は情報収集が大切じゃないですか!」
店内に小さな笑い声が広がる。
エドワードもその様子を見ながら、ほんの少しだけ口元を緩めた。
だが、その視線はすぐに店の外へ向いた。
鷹司が、最近ずっとローズに姿を見せていない。
あの男が何の連絡もなく来なくなる。
エドワードにとって、それは十分に気になることだった。
「……さて」
エドワードは誰にも気づかれないよう、静かに席を立った。
「エドワードさん?」
アンナが振り向いた時には、もう店の扉が閉まっていた。
「……あれ?」
その少し後。
源蔵もまた、誰にも声をかけずに店を出ていた。
ローズの路地裏。
エドワードは路地の角に立っていた。
そこへ、源蔵がゆっくりと歩いてくる。
「ほっほっほ……散歩かの?」
「白々しいな」
エドワードが振り返る。
その蒼い瞳は、先ほどまでの店内での気の抜けたものとは違っていた。
「お前さ」
エドワードは静かに続ける。
「なんか知ってるだろ?」
源蔵の足が止まった。
「何のことじゃ?」
「鷹司のことだよ」
一瞬。
源蔵の表情から、穏やかな笑みが消えた。
「……」
「最近、あいつはローズに来ない。夏芽は祖父と父親を探してる。しかも、あの子は警護隊で禁止されてることまで承知で裏の連中に接触してた」
エドワードは一歩近づく。
「偶然にしちゃ、出来すぎてるんだよ」
源蔵は黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……なるほど」
声の調子が変わった。
先ほどまでの柔らかな老人の口調ではない。
「そこまで見ておったか」
エドワードの目が細くなる。
「やっぱり何か知ってるな」
「知っている、と言えば知っておる」
源蔵はゆっくりとエドワードを見る。
「じゃが、お前さんには関係のないことじゃ」
「そういうわけにもいかないだろ」
「なぜじゃ?」
「夏芽が関わってるからだ」
その言葉に、源蔵の目がわずかに細くなる。
「……夏芽」
低い声だった。
「お前さんは、あの娘をどうするつもりじゃ?」
「どうするって?」
「知れば、助けるのか」
「必要ならな」
「その結果、あの娘がさらに傷つくとしても?」
エドワードは一瞬黙った。
そして、淡々と答えた。
「それでも知らないままよりはマシだ」
源蔵の右手が、着物の内側へ入る。
エドワードはそれを見逃さなかった。
「……そうか」
源蔵の声から、完全に柔らかさが消えた。
「ならば、仕方ないのう」
次の瞬間。
源蔵の懐から短刀が抜かれた。
エドワードは即座に反応する。
短刀が振られるより早く、自分の刀を抜き放った。
甲高い金属音が路地裏に響く。
エドワードの刀が短刀を弾き、源蔵の手元から刃が逸れた。
「……やっぱり」
エドワードは刀を構えたまま、冷静に源蔵を見る。
「ただの優しいおじいちゃんじゃないな」
源蔵は数歩下がる。
そして、先ほどまでの穏やかな笑顔とはまるで違う顔でエドワードを見据えた。
「お前さんも、ただの喫茶店の老いぼれではあるまい」
「それはお互い様だろ」
二人の間に、静かな緊張が走る。
エドワードは刀を下げない。
源蔵も短刀を拾わない。
ただ互いに、相手の動きを見ていた。
やがて源蔵が静かに口を開く。
「……鷹司のことを知りたいか」
「当然」
「ならば、これ以上は踏み込まんことじゃ」
「断る」
即答だった。
源蔵は目を伏せる。
「そうか」
「僕はね、源蔵」
エドワードの声が低くなる。
「家族の問題に首を突っ込むのは、あまり好きじゃない」
一拍置く。
「でも、目の前で誰かが一人で抱え込んでるのを見過ごすほど、薄情でもないんだよ」
源蔵は何も答えなかった。
ただ、落ちた短刀を見つめる。
そして小さく呟いた。
「……面倒な男じゃのう」
「よく言われるよ」
エドワードは刀を納めた。
だが、その目だけは鋭いままだった。
「次はちゃんと話してもらうからな」
源蔵は返事をしなかった。
二人はしばらく無言で向かい合っていた。
エドワードは刀を鞘へ収めた。
しかし、その場を離れるつもりはなかった。
「僕ね、鷹司は死んでないって信じてるさ」
源蔵は何も答えない。
ただ、静かにエドワードを見つめている。
「……」
「だって、あいつがそう簡単に死ぬようなやつじゃないってことぐらい知ってるからさ」
エドワードは壁に背を預ける。
「それに、夏芽があんな顔をしてるのを見たらね。知らないふりなんてできないだろ」
源蔵の表情がわずかに曇った。
「だからさ」
エドワードは源蔵を見る。
「連れてってくれよ。間羅の国へ」
「……」
源蔵の目が鋭くなる。
「何故、間羅の国だとわかる」
エドワードは一瞬だけ黙った。
そして、口元を上げる。
「はっ」
小さく笑った。
「やっぱり間羅の国なんだな」
源蔵は黙ったままだった。
「今の質問で確信したよ」
「……」
「僕がただ『鷹司を探したい』って言っただけなら、普通はそんな質問しない。なのにお前は『何故、間羅の国だとわかる』って聞いた」
エドワードの蒼い瞳が細くなる。
「つまり、お前は間羅の国と鷹司が繋がってることを知ってる」
源蔵は目を伏せた。
「……相変わらず、嫌な目をしておるのう」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めておらん」
「そうかい」
エドワードは肩をすくめる。
そして、真剣な表情に戻った。
「連れていってくれ」
「断ったら?」
「一人で行く」
「間羅の国への道を知らぬだろう」
「だから頼んでるんだよ」
源蔵はしばらく黙っていた。
やがて、懐に手を入れる。
今度は短刀ではない。
一枚の古びた紙を取り出した。
「……お前さんは、何も知らん」
「そうだね」
「間羅は外の者を簡単には受け入れぬ」
「それも知ってる」
「ならば、なおさら――」
「でも、行くよ」
エドワードは遮った。
「鷹司がいるなら」
そして少しだけ間を置く。
「夏芽のためにもね」
源蔵はエドワードを見つめた。
その目には、先ほどまでの敵意とは別の何かが浮かんでいた。
「……仕方のない男じゃ」
「よく言われる」
源蔵は紙を懐へ戻す。
「ならば、来るがよい」
「決まりだな」
「ただし――」
源蔵がエドワードを見る。
「間羅で何が起きても、わしの言うことには従ってもらう」
エドワードは少し笑った。
「それは無理だな」
「……」
「僕は僕の判断で動く」
「ならば、死ぬ覚悟をしておけ」
「それも無理だ」
エドワードは踵を返す。
「僕はまだ死ぬつもりないからね。それに、僕はこう見えて悪運が強いんだよ」
源蔵はその背中を見送りながら、静かに呟いた。
「……鷹司よ」
その声は、エドワードには聞こえなかった。
「あの男は食えない男だ」




