間羅の国編7話「ようこそ、間羅へ」
翌朝。
喫茶店「ローズ」の裏口に、エドワードと源蔵の姿があった。
まだ店内は静かだった。
エドワードはいつもの燕尾服姿のまま、荷物を確認している。
「……本当に行くのか」
源蔵が尋ねる。
「そのために来たんだろ」
「間羅は遠いぞ」
「知ってる」
「道中も楽ではない」
「それも知ってる」
「向こうに着いてからも――」
「源蔵」
エドワードが振り返る。
「さっきから何回、僕を止めようとしてるんだ?」
源蔵は少しだけ笑った。
「ほっほっほ。念のためじゃよ」
「心配性だな」
「年寄りは心配性なくらいでちょうどいい」
二人は歩き出した。
ローズから離れていく。
しばらくして、エドワードが口を開いた。
「……大和と夏芽には何も言わなくていいのか?」
「お前さんは何と言うつもりじゃ?」
「ちょっと旅行してくる、とでも言っておくよ」
「信じてもらえるかのう」
「無理だろうね」
エドワードは苦笑した。
「特にアレクシアには」
「ならば、なぜ黙って出てきた?」
「止められるからだよ」
「なるほど」
源蔵はそれ以上何も言わなかった。
やがて二人は、人の少ない場所へと移動する。
そこには、古びた小型の乗り物が一台停まっていた。
エドワードがそれを見て眉をひそめる。
「……これで行くのか?」
「そうじゃ」
「随分と年季が入ってるな」
「文句を言うな。動けば十分じゃ」
「本当に動くんだろうな?お前みたいなんだけど」
「失礼な」
源蔵が乗り込む。
エドワードも続いて乗った。
しばらくして、乗り物が静かに動き始める。
街の景色が少しずつ遠ざかっていく。
エドワードは窓の外を眺めながら、ふとローズの方角を振り返った。
そこにはもう、店の姿は見えない。
「……」
彼女は今、店でアンナたちと一緒にいるだろう。
鷹司がどこへ行ったのか。
なぜ突然、姿を消したのか。
そして――なぜ父親と二十三年間も会っていないのか。
エドワードは静かに目を細めた。
「必ず戻ってくるからな」
その言葉は、誰に向けたものなのか、自分でも分からなかった。
やがて景色が変わっていく。
街並みが途切れ、長い道が続く。
さらに進むと、空気そのものが変わった。
源蔵が前を見たまま言う。
「ここから先が、間羅への道じゃ」
「……随分と雰囲気が変わったな」
「外の国とは違う」
「聞いてるよ」
エドワードは腕を組む。
「鎖国みたいな国なんだろ?」
「そうじゃな」
「なのに、妙に技術が進んでる」
源蔵が少しだけ笑った。
「それが間羅じゃ」
遠くに巨大な壁が見えてきた。
その向こうには、和風の建物だけではない。
空中に浮かぶ情報表示。
自動で動く乗り物。
街の至る所に設置された電子設備。
古い町並みと高度なデジタル技術が混在した、不思議な光景だった。
「それじゃ!動画再生ランキングを発表するよ〜!」
「さっそく〜!第10位は〜?」
様々な場所に設置してある屋外デジタルボートから、2人組の人物が映し出される。
紫のパーカーを着た少女と、もう1人は水色のジャージを着ている。
「1位はロウPの「朱の空へ」でした!やっぱり、ロウPが作る曲は全部神曲だよね!」
「ミツキって本当にロウP推しだね」
「そういうコノハもそうじゃん」
「そうだけどさ」
エドワードは目を細める。
「……なるほど」
「驚いたか?」
「少しね」
エドワードは煙草を取り出しかけ――やめた。
「鷹司がこういう場所にいるっていうなら、余計に気になるな」
源蔵は答えなかった。
ただ、間羅の国を囲む巨大な門を見つめていた。
門がゆっくりと開く。
その先には、エドワードがまだ知らない国の景色が広がっていた。
源蔵は静かに言った。
「ようこそ、間羅へ」
エドワードは目の前の国を見据えた。
「……さて」
その蒼い瞳に、鋭い光が宿る。
「鷹司。どこに隠れてるんだか」
二人は、間羅の国へと足を踏み入れた。
エドワードは、門をくぐった先に広がる光景を眺めながら、静かに目を細めた。
(間羅の国。鎖国によって外の世界から隔絶されながらも、この国独自の技術だけは異様な発展を遂げているって言われている)
噂として聞いたことはあった。
だが、実際に目にしてみると、その言葉だけでは到底表現しきれない。
古い木造家屋が並ぶ通り。その上空には、細い光の線が走り、建物の壁には見慣れない電子装置が埋め込まれている。和服姿の人々が行き交う一方で、街角には無人の機械が静かに動いていた。
古いものと新しいもの。
相反するはずの二つが、まるで最初からそうなることが決まっていたかのように同じ街の中へ溶け込んでいる。
「しかし、なんだ。この国は……。まるで……」
言葉がそこで止まる。
隣を歩いていた源蔵が、ちらりとエドワードを見る。
「まるで?」
エドワードは周囲を見渡し、ほんの少し口元を歪めた。
「昔と未来が、同じ場所にあるみたいじゃないか」
「ほっほっほ……」
源蔵は否定しなかった。
「その感想は、間羅を初めて見る者なら大抵そう言う」
「なるほどね」
エドワードは歩きながら、さらに周囲を観察する。
だが、その目は単なる観光客のものではない。
建物の配置、人の流れ。
監視装置らしきもの。
そして、街全体に張り巡らされた独特の警戒網。
「……随分と物騒な国だな」
「気づいたか」
「僕を誰だと思ってるんだい?」
軽く笑うエドワード。
しかし、その目から笑みは消えていた。
「鷹司がここで何をしていたのか……ますます気になってきたよ」
源蔵は答えず、ただ前を向いて歩き続ける。
その先には、古びた木造の町並みが続いていた。
けれど、そのさらに奥。
周囲の建物とは明らかに異なる、巨大な建造物が静かにそびえている。
エドワードは、それを見上げた。
「……あれは?」
「今はまだ、知らぬほうがいい」
「へえ」
エドワードは目を細める。
「そう言われると、余計に気になるんだけどね」




