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喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第3章
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間羅の国編8話「俺もいる」

間羅の国――別の場所。

門を抜けた先にある広場へ、数人の人影が現れた。


先頭に立っていたのはアレクシアだった。

赤紫の髪をローポニーにまとめ、黒いリボンを揺らしながら、険しい表情で周囲を見渡している。

その後ろには、アルフレッド、颯太、夏芽、大和、アンナ、オスカー、エリオット、セドリック、ガブリエルが続いていた。


アレクシアは足を止める。


「……間羅の国」


目の前に広がる光景を見つめる。

和風の街並み。

その中を走る、見慣れない機械。

建物に組み込まれた電子設備。

空中には情報を表示する巨大な画面まで浮かんでいる。


「すごい……!」

「これは……随分と独特な国ですね」

「外の国とは、かなり文化が違うようですね」


セドリックも周囲を静かに観察する。

しかし、アレクシアだけは景色にほとんど興味を示していなかった。


「……あの馬鹿」


小さく呟く。

アルフレッドが隣で苦笑する。


「まあ、エド兄らしいけどねぇ」

「笑い事じゃないわよ」

「分かってるよ」


アルフレッドは前を向いた。


「エド兄、僕たちに何も言わずに行ったんでしょ?」

「そうよ」


アレクシアの声には怒りが混じっていた。


「勝手にいなくなって、勝手に危険な場所へ行って……。あの人、本当に70歳なの?」

「70歳だよ」

「そういう問題じゃないの」


アルフレッドは笑っていた。

いつものような軽い笑顔。

けれど、その奥には少しだけ寂しさがあった。


「……まあ、なんとなく分かってたけどね」

「何が?」

「エド兄が行くこと」


アレクシアは黙る。


「たぶん、止めても行ったと思うよ」


アルフレッドはそう言ってから、少しだけ視線を落とした。


「でもさ……」


声がほんの少しだけ弱くなる。


「何も言わずに行かれると、やっぱり寂しいよね」


アレクシアは何も言えなかった。

怒っている。それは間違いない。

けれど、それだけではなかった。

祖父が心配だった。

無事でいてほしかった。


そして、何も言わずに自分たちを置いていったことが、少しだけ悲しかった。

その少し後ろ。

夏芽は一人、俯いて歩いていた。


「……」


彼女の手が、ぎゅっと握られる。

エドワードが間羅へ向かった理由。

自分の祖父、鷹司を探すため。

そして、自分の父親について調べるため。

全部、自分が始めたことだった。


「……私ちゃんのせいです」


アレクシアが振り返る。


「夏芽?」

「エドワードさんまで、巻き込んでしまいました」


夏芽の声は小さい。


「私ちゃんが……無茶をしたから」

「夏芽」

「警護隊で禁止されていることも分かっていました。それでも、父のことを知りたくて……おじいちゃんのことも、どうして突然いなくなったのか知りたくて……」


夏芽は唇を噛む。


「だから……」


言葉が続かない。

エドワードは、自分のために動いている。

そう思うほど、胸の奥が重くなっていく。

アルフレッドが夏芽を見る。


「夏芽」

「……はい」

「エド兄が行ったのは、夏芽だけのためじゃないよ」


夏芽が顔を上げる。


「エド兄は、自分で決めたんだ」


アルフレッドは穏やかに続ける。


「昔からそういう人だから」


アレクシアも夏芽を見る。

しばらく黙った後、静かに口を開いた。


「……そうね」

「アレクシアさん……」

「エドワードが勝手に行ったことは、まだ怒ってる」


アレクシアは腕を組む。


「でも……」


少しだけ目を伏せた。


「帰ってきてほしいのも本当よ」


夏芽は何も言わなかった。

ただ、胸の奥にあった責任感が、さらに重くなっていく。


「夏芽」


顔を上げると大和が苦笑いをしていた。


「そんな顔するなよ。大丈夫、俺もいるからそんな不安そうな顔するなよ、な?」

「けど…。私ちゃん…」

「夏芽」


少し強い声だった。

夏芽が顔を上げる。


「それ以上、自分を責めるな」

……でも」

「昔からそうだよな、お前」

「……」

「何かあると、全部自分の責任にする」


大和は困ったように笑った。


「俺たち、子供の頃から一緒に稽古してただろ?」

「……うん」

「俺なんて、何回やっても全然上達しなかった」

「……」

「木刀振っても転ぶし、型を間違えるし、鷹司さんには怒られるし」

「……それは今も変わらないんじゃないでしょうか?」

「おい」


ほんの少しだけ、夏芽の表情が緩んだ。


「まあ、それは置いといて」


大和は頭のタオルを直す。


「俺はずっと、お前には敵わないって思ってた」

「……」

「でもさ」


大和はまっすぐ夏芽を見る。


「だからって、お前が全部できるわけじゃないだろ」

「……」

「剣が強くても、全部の人を守れるわけじゃない。逆に、剣が苦手な俺だって、野菜を売ったり、人を助けたりはできる。できることなんて、人それぞれだよ」


夏芽は黙って大和の話を聞いていた。


「それに……鷹司さんが、お前に何て言ってたか覚えてるか?」

「……」

「『自分一人で背負うな』って」


夏芽の目が僅かに揺れる。


「俺も何度も言われたよ」

「……おじいちゃんらしいですね」

「だろ?」


大和は笑った。


「だから、今のお前に必要なのは反省会じゃない」

「……じゃあ、何ですか…?」

「仲間を頼ること」

「……」

「それにさ、ゴードンさんも言ってただろ?「お前一人で全部背負う必要なんかねぇよ」ってさ」


大和は夏芽の肩を軽く叩く。


「俺もいる。ローズの人達もいるだろ」

「……大和さん」

「俺とお前さ、昔から一緒に修行してきたんだ。今さら一人で抱え込まれると、こっちが困る」


夏芽はしばらく黙っていた。

やがて、小さく息を吐く。


「……ごめんなさい」

「謝るなって」

「……ありがとうございます」

「うん」


その様子を少し離れた場所から見ていたアルフレッドが、静かに笑った。


「……昔からの友達っていうのは、強いね」

「そうね」


颯太もアンナが二人を見ながら呟く。

「夏芽さん、少しだけ顔が戻りましたね」

「そうですね」


大和が笑顔を浮かべ、夏芽に話しかける。

「よし。じゃあ、まず腹減ってないか?」

「……え?」

「野菜売りだけど、今日はちょっと余り物があるんだ。何か作ってやるよ」

「大和さん…」

「遠慮すんな。昔からお前、ちゃんと食べない時あるだろ」

「……」

「ほら、そういう顔するな。心配してるんだよ」


夏芽は少しだけ困ったように笑った。


「……昔から変わらないですね」

「お前もな」


その言葉に、夏芽はようやく顔を上げた。

まだ不安は消えていない。

父のことも、鷹司のことも、エドワードのことも心配だった。

それでも――。

一人で全部背負わなくてもいい。

そのことを、少しだけ思い出せた。

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