間羅の国編8話「俺もいる」
間羅の国――別の場所。
門を抜けた先にある広場へ、数人の人影が現れた。
先頭に立っていたのはアレクシアだった。
赤紫の髪をローポニーにまとめ、黒いリボンを揺らしながら、険しい表情で周囲を見渡している。
その後ろには、アルフレッド、颯太、夏芽、大和、アンナ、オスカー、エリオット、セドリック、ガブリエルが続いていた。
アレクシアは足を止める。
「……間羅の国」
目の前に広がる光景を見つめる。
和風の街並み。
その中を走る、見慣れない機械。
建物に組み込まれた電子設備。
空中には情報を表示する巨大な画面まで浮かんでいる。
「すごい……!」
「これは……随分と独特な国ですね」
「外の国とは、かなり文化が違うようですね」
セドリックも周囲を静かに観察する。
しかし、アレクシアだけは景色にほとんど興味を示していなかった。
「……あの馬鹿」
小さく呟く。
アルフレッドが隣で苦笑する。
「まあ、エド兄らしいけどねぇ」
「笑い事じゃないわよ」
「分かってるよ」
アルフレッドは前を向いた。
「エド兄、僕たちに何も言わずに行ったんでしょ?」
「そうよ」
アレクシアの声には怒りが混じっていた。
「勝手にいなくなって、勝手に危険な場所へ行って……。あの人、本当に70歳なの?」
「70歳だよ」
「そういう問題じゃないの」
アルフレッドは笑っていた。
いつものような軽い笑顔。
けれど、その奥には少しだけ寂しさがあった。
「……まあ、なんとなく分かってたけどね」
「何が?」
「エド兄が行くこと」
アレクシアは黙る。
「たぶん、止めても行ったと思うよ」
アルフレッドはそう言ってから、少しだけ視線を落とした。
「でもさ……」
声がほんの少しだけ弱くなる。
「何も言わずに行かれると、やっぱり寂しいよね」
アレクシアは何も言えなかった。
怒っている。それは間違いない。
けれど、それだけではなかった。
祖父が心配だった。
無事でいてほしかった。
そして、何も言わずに自分たちを置いていったことが、少しだけ悲しかった。
その少し後ろ。
夏芽は一人、俯いて歩いていた。
「……」
彼女の手が、ぎゅっと握られる。
エドワードが間羅へ向かった理由。
自分の祖父、鷹司を探すため。
そして、自分の父親について調べるため。
全部、自分が始めたことだった。
「……私ちゃんのせいです」
アレクシアが振り返る。
「夏芽?」
「エドワードさんまで、巻き込んでしまいました」
夏芽の声は小さい。
「私ちゃんが……無茶をしたから」
「夏芽」
「警護隊で禁止されていることも分かっていました。それでも、父のことを知りたくて……おじいちゃんのことも、どうして突然いなくなったのか知りたくて……」
夏芽は唇を噛む。
「だから……」
言葉が続かない。
エドワードは、自分のために動いている。
そう思うほど、胸の奥が重くなっていく。
アルフレッドが夏芽を見る。
「夏芽」
「……はい」
「エド兄が行ったのは、夏芽だけのためじゃないよ」
夏芽が顔を上げる。
「エド兄は、自分で決めたんだ」
アルフレッドは穏やかに続ける。
「昔からそういう人だから」
アレクシアも夏芽を見る。
しばらく黙った後、静かに口を開いた。
「……そうね」
「アレクシアさん……」
「エドワードが勝手に行ったことは、まだ怒ってる」
アレクシアは腕を組む。
「でも……」
少しだけ目を伏せた。
「帰ってきてほしいのも本当よ」
夏芽は何も言わなかった。
ただ、胸の奥にあった責任感が、さらに重くなっていく。
「夏芽」
顔を上げると大和が苦笑いをしていた。
「そんな顔するなよ。大丈夫、俺もいるからそんな不安そうな顔するなよ、な?」
「けど…。私ちゃん…」
「夏芽」
少し強い声だった。
夏芽が顔を上げる。
「それ以上、自分を責めるな」
……でも」
「昔からそうだよな、お前」
「……」
「何かあると、全部自分の責任にする」
大和は困ったように笑った。
「俺たち、子供の頃から一緒に稽古してただろ?」
「……うん」
「俺なんて、何回やっても全然上達しなかった」
「……」
「木刀振っても転ぶし、型を間違えるし、鷹司さんには怒られるし」
「……それは今も変わらないんじゃないでしょうか?」
「おい」
ほんの少しだけ、夏芽の表情が緩んだ。
「まあ、それは置いといて」
大和は頭のタオルを直す。
「俺はずっと、お前には敵わないって思ってた」
「……」
「でもさ」
大和はまっすぐ夏芽を見る。
「だからって、お前が全部できるわけじゃないだろ」
「……」
「剣が強くても、全部の人を守れるわけじゃない。逆に、剣が苦手な俺だって、野菜を売ったり、人を助けたりはできる。できることなんて、人それぞれだよ」
夏芽は黙って大和の話を聞いていた。
「それに……鷹司さんが、お前に何て言ってたか覚えてるか?」
「……」
「『自分一人で背負うな』って」
夏芽の目が僅かに揺れる。
「俺も何度も言われたよ」
「……おじいちゃんらしいですね」
「だろ?」
大和は笑った。
「だから、今のお前に必要なのは反省会じゃない」
「……じゃあ、何ですか…?」
「仲間を頼ること」
「……」
「それにさ、ゴードンさんも言ってただろ?「お前一人で全部背負う必要なんかねぇよ」ってさ」
大和は夏芽の肩を軽く叩く。
「俺もいる。ローズの人達もいるだろ」
「……大和さん」
「俺とお前さ、昔から一緒に修行してきたんだ。今さら一人で抱え込まれると、こっちが困る」
夏芽はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……ごめんなさい」
「謝るなって」
「……ありがとうございます」
「うん」
その様子を少し離れた場所から見ていたアルフレッドが、静かに笑った。
「……昔からの友達っていうのは、強いね」
「そうね」
颯太もアンナが二人を見ながら呟く。
「夏芽さん、少しだけ顔が戻りましたね」
「そうですね」
大和が笑顔を浮かべ、夏芽に話しかける。
「よし。じゃあ、まず腹減ってないか?」
「……え?」
「野菜売りだけど、今日はちょっと余り物があるんだ。何か作ってやるよ」
「大和さん…」
「遠慮すんな。昔からお前、ちゃんと食べない時あるだろ」
「……」
「ほら、そういう顔するな。心配してるんだよ」
夏芽は少しだけ困ったように笑った。
「……昔から変わらないですね」
「お前もな」
その言葉に、夏芽はようやく顔を上げた。
まだ不安は消えていない。
父のことも、鷹司のことも、エドワードのことも心配だった。
それでも――。
一人で全部背負わなくてもいい。
そのことを、少しだけ思い出せた。




