間羅の国編3話「ただいま」
エドワードが商店街を歩いていると、ふと路地裏から低い声が聞こえた。
「……ですから、その条件では受けられません」
聞き覚えのある声だった。
エドワードは足を止める。
「……あれ?」
路地裏を覗くと、そこには数人の男たちと向かい合う夏芽がいた。
夏芽は警護隊の戦闘服姿で、腰には刀を差している。いつものように表情は硬く、男たちを静かに見つめていた。
男たちは、どうやらマフィアらしい。
夏芽と何らかの取引について話していたようだ。
「こっちも仕事なんだ。あんたが条件を飲まないなら、話は終わりだ」
「……そうですか」
夏芽は淡々と答えた。
「では、これで失礼します」
夏芽が踵を返した、その瞬間。
「待て」
男の一人が低い声を出した。
夏芽が振り返る。
「話がまとまらなかった以上、ここから無事に帰す理由もない」
「……」
夏芽は黙った。
エドワードは路地の入口でため息をつく。
「まったく。買い物の途中だというのに」
男たちが夏芽を取り囲む。
「やれ」
その瞬間、エドワードが路地へ入った。
「そこまでにしてもらおうか」
男たちが一斉に振り向く。
「誰だ、てめぇ」
「ただの喫茶店の店員だよ」
「喫茶店……?」
エドワードは買い物袋を片手に持ったまま、面倒そうに男たちを見る。
「そこの彼女を置いていってくれないか。僕も買い物の途中でね。これ以上時間を使いたくない」
「ふざけるな!」
男がエドワードへ向かって踏み込む。
だが、次の瞬間にはエドワードが相手の動きをかわし、その腕を押さえていた。
「悪いね」
男の動きを止め、そのまま距離を取らせる。
別の男が動こうとする。
「動くな」
エドワードの声が低くなる。
その一言だけで、男たちの足が止まった。
夏芽もエドワードを見る。
「……エドワードさん?」
「やあ、夏芽。久しぶり」
「どうしてここに……」
「買い物だよ」
エドワードは手に持った買い物袋を軽く掲げる。
「アレクシアに頼まれてね」
夏芽は一瞬だけ袋を見る。
「……そうですか」
「それより、君は大丈夫かい?」
「はい。問題ありません」
「そうか」
エドワードは男たちへ視線を戻す。
「じゃあ、話は終わりだ。彼女は僕が連れていく」
「てめぇ……」
男が睨みつける。
エドワードは一切動じない。
「これ以上やるなら、買い物袋を置かなきゃならなくなる。それは僕としても困る」
夏芽は思わずエドワードを見る。
「……そこなんですね」
「当然だろう。アレクシアに頼まれた買い物なんだから」
「……」
夏芽の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
エドワードはそのまま夏芽へ向き直る。
「行こう。ここに長居する理由もない」
「はい」
二人は路地裏を後にした。
しばらく歩いたところで、夏芽が小さく頭を下げる。
「助けていただいて、ありがとうございました」
「礼はいいよ」
「でも……」
「それより、君も随分と面倒なところに首を突っ込んでいるようだね」
「……仕事ですから」
「そうか」
エドワードはそれ以上聞かなかった。
ただ、夏芽の横顔を一度だけ見て、静かに呟く。
「……相変わらず、無茶をする子だ」
夏芽はその言葉に反応しなかった。
けれど、どこか遠くを見るような目をしていた。
喫茶店「ローズ」
店の扉が開き、エドワードが戻ってきた。その後ろには夏芽もいる。
「ただいま」
「おかえりなさい、エドワードさん」
カウンターにいたアンナが振り向く。
「……あれ?」
エドワードの隣にいる夏芽を見て、首を傾げた。
「夏芽さんも一緒なんですか?」
「まあね。帰り道で少しあってね」
エドワードは買い物袋をカウンターへ置く。
アレクシアがやってきて、中身を確認する。
「ちゃんと買ってきたわね」
「当然だ」
「……それで、夏芽は?」
アレクシアが夏芽を見る。
夏芽は姿勢を正した。
「お久しぶりです、アレクシアさん。少しエドワードさんに助けていただきまして」
「助けた?」
エドワードが椅子に腰掛ける。
「路地裏でマフィアと揉めていたからね。放っておくわけにもいかなかった」
「また面倒事に首を突っ込んだのね」
「僕が?」
「あなた以外に誰がいるのよ」
エドワードは何も言い返せない。
その様子を見ていたアルフレッドが、くすくす笑った。
「エド兄、買い物だけして帰ってくるはずだったのにねー」
「僕だって予定外だったんだ」
「でも夏芽を助けたんでしょ?」
「……まあね」
夏芽は静かに頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
「だから気にしなくていいよ」
すると、厨房からオスカーが顔を出した。
「な、夏芽さん……お怪我は……?」
「大丈夫です。怪我はありません」
「そ、そうですか……よかった……」
エリオットも紅茶の準備をしながら穏やかに微笑む。
「それなら安心いたしました。よろしければ、温かいお茶でもいかがですか?」
「ありがとうございます」
夏芽が席に座る。
ローズのいつもの空気が戻ってくる。
ただ一人、エドワードだけは椅子に座ったまま、疲れたように天井を見上げていた。
「……買い物だけで済むと思っていたんだけどな」
アルフレッドが隣から笑う。
「人生、そんなに上手くいかないねー」
「お前に言われると腹が立つな」
そのやり取りを聞きながら、夏芽は小さく笑った。




