間羅の国編2話「暇だ」
場面は変わり、喫茶店「ローズ」。
午後の店内には、ゆったりとした時間が流れていた。
客の姿も少なく、店内には時計の針が進む音と、厨房から聞こえる小さな物音だけが響いている。
そんな中――。
「…………暇だ」
カウンターの奥で、エドワードが完全にだらけていた。
椅子に深く腰を沈め、背もたれに身体を預けている。燕尾服の襟元もいつもより少し緩んでおり、普段の隙のない立ち姿からは想像できないほど気が抜けていた。
頬杖をついたまま、ぼんやりと天井を見る。
「……何も起こらない」
隣ではアルフレッドが楽しそうにエドワードを眺めていた。
「エド兄、暇そうだねー」
「見れば分かるだろ」
「じゃあ何かしてくれば?」
「嫌だ」
「即答だ」
エドワードはさらに椅子へ沈み込む。
「僕は今、何もしたくない」
「珍しいねー」
「いつも働いているんだ。たまにはいいだろ」
「アレクシアに怒られるよ?」
「……」
エドワードがゆっくりアルフレッドを見る。
「余計なことを言うな」
その時、厨房からオスカーが顔を出した。
「え、エドワードさん……大丈夫ですか……?」
「大丈夫だ」
「で、でも……なんというか……すごく……」
「だらしない?」
「……はい」
「正直だな」
エドワードはため息をついた。
そこへアンナがやってくる。
「エドワードさん、今日はずっとそこにいらっしゃいますね」
「そうだ」
「お仕事は……?」
「客が来たらする」
「来なかったら?」
「しない」
アンナは少し考えてから、にこっと笑った。
「すごく暇なんですね」
「……アンナまで言うのか」
アルフレッドが吹き出す。
「ははは!エド兄、人気者だね!」
「嬉しくない」
そんな緩みきった午後だった。
相変わらずエドワードはカウンターの椅子に深く腰掛け、完全にやる気を失っていた。
そこへ、店の奥からアレクシアが現れる。
「エドワード」
「何?」
「買い物、行ってきて」
「嫌だ」
返事が早かった。
アレクシアは無言でエドワードを見る。
「……何だ、その目は」
「店の食材が足りないの。行ってきて」
「颯太に頼めばいいだろ」
「颯太は別の仕事を頼んでる」
「エリオットは?」
「紅茶の管理中」
「セドリック」
「トイレ掃除してる」
「ガブリエル」
「力仕事を頼んでる」
「悟真は?」
「どこかに行ったわよ!!!」
エドワードは黙った。
そして、ゆっくりとアルフレッドを見る。
アルフレッドは満面の笑みだった。
「エド兄、頑張ってねー」
「……裏切り者め」
「何で!?」
アレクシアは買い物用の袋とメモをエドワードへ渡す。
「これ、全部お願い。忘れないでね」
エドワードはメモを見る。
「……多いな」
「店長命令」
「……」
エドワードはしばらく黙り込んだ後、渋々立ち上がった。
「分かったよ。行けばいいんだろ」
「そう」
「まったく……僕は元暗殺者だぞ」
アレクシアは平然と答える。
「今は喫茶店の店員でしょ」
「……それを言われると弱いな」
アルフレッドが笑いながら手を振る。
「いってらっしゃーい、エド兄!」
「うるさい」
エドワードは買い物袋を持ち、店の扉へ向かう。
しかし、扉の前で一度だけ振り返った。
「……何か追加で買うものは?」
アレクシアが少し考える。
「ないわ。メモに書いたものだけでいい」
「了解」
そう言ってエドワードは店を出ていった。
扉が閉まる。
アルフレッドがぽつりと言った。
「なんだかんだ言って、アレクシアの命令にはちゃんと従うよね」
アレクシアはカウンターへ戻りながら答えた。
「長い付き合いだからね」
その頃、エドワードは一人、買い物袋を片手に商店街を歩いていた。
「……面倒くさい」
そして、メモを開く。
「……卵、牛乳、野菜、パン……」
一つずつ確認しながら歩く。
「……僕はいったい何をしているんだ」




