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喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第2章〜ヴァレンティア王国編〜
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「って訳です!」

アンナが勢いよく両手を広げた。


「って訳です!」


しばらくの沈黙の後、ゴードンが盛大にテーブルを叩いた。


「恋愛小説かよ!!」

「恋愛小説って」


セリオは思わず笑った。


その反応に、アンナも「えへへ」と照れたように笑う。アレクシアだけは腕を組んだまま、露骨に顔をしかめていた。


「何よ、その話のまとめ方」

「いやいやいや! アレクシアちゃん! どう考えても恋愛小説だろ!」


ゴードンは大げさに身を乗り出す。


「王子様が国を救って、好きな女を追いかけて、最後に抱きしめて引き止める! 何だそれ、俺が書いたら絶対売れるぞ!」

「お前に小説を書く才能があるとは思えんが」


エドワードが冷たく言った。


「うるせぇな!」

「ゴードンさん、小説を書くんですか?」


アンナが首を傾げる。


「書かねぇよ!」

「では、売れませんね」


セドリックが穏やかに言った。


「何でお前まで乗ってくんだよ!」


その横で、エリオットは静かに紅茶を口にしていた。


「ですが、なかなか印象的なお話でしたね」

「だろ!?」


ゴードンがすぐさま同意を求めるように振り返る。


エリオットは困ったように微笑んだ。


「ええ。特に、最後の場面は」


その言葉に、アレクシアの表情がわずかに固まった。

セリオが自分の腕を掴み、まっすぐ目を見てきたこと。国民たちを前にしていたはずなのに、途中で話を切り上げ、自分たちを追いかけてきたこと。そして、何の迷いもなく抱きしめてきたこと。


思い出すだけで、少しだけ落ち着かなくなる。


「……別に大したことじゃないわよ」

「大したことだったと思いますけど」


アンナが素直に言った。


「アンナ」

「はい?」

「黙ってなさい」

「はい……」


すぐにしゅんとするアンナを見て、ガブリエルが苦笑した。


「まあまあ。アレクシアさんも、あまり照れなくてもよろしいのでは」

「照れてない」


即答だった。


「はいはい」


アルフレッドが笑いながら頷く。


「照れてない、照れてない」

「アルフレッド」

「ん?」

「その顔をやめなさい」

「どの顔?」

「今の顔」

「わかんないなぁ」


そのやり取りを見ていた悟真が、腕を組んだまま一言だけ呟いた。


「面倒だな」

「何がよ」


アレクシアが睨む。


「全て」

「は?」


ゴードンがまた笑い出した。


「いやー、でもよぉ。セリオ坊ちゃん、完全にアレクシアちゃんに惚れてんじゃねぇか?」

「……」


セリオは少しだけ考えた。

そして、否定しなかった。


「そうかもしれないね」


空気が止まった。


「は?」


アレクシアがゆっくり振り返る。

ゴードンの目が見開かれ、アンナは口を押さえ、オスカーは明らかに動揺して両手を胸元で固めた。


「えっ……あの……本当に、ですか……?」

「オスカー、声が震えてるわよ」

「す、すみません……!」


エドワードだけが、静かにセリオを見ていた。


その視線に気づいたセリオは、苦笑する。


「もちろん、今すぐどうこうするつもりはないよ」

「当たり前だ」


エドワードの返答は早かった。


「お前は王子だ。こっちは喫茶店の店長だ。立場も生活も違う」

「わかってるよ」

「ならいい」


セリオは少しだけ目を細めた。


「でも、アレクシアを好きになったことまで否定するつもりはないよ」

「セリオ」


アレクシアが低い声で名前を呼ぶ。


「何?」

「黙って」

「はい」


今度はセリオが素直に黙った。


ゴードンが吹き出す。


「王子様、意外と弱ぇな!」

「ゴードンさんも黙ってください!」


アンナが慌てて止める。


「何でだよ!」

「余計に怒らせます!」

「もう遅いわ」


アレクシアは深くため息をついた。

その場にいた全員が、どこか面白そうな顔をしていることに気づく。


エドワードは露骨に不機嫌そうだったが、アルフレッドは笑いを堪えていた。エリオットとセドリックは穏やかな顔をしており、ガブリエルは困ったように笑っている。鷹司に至っては、何も言わず抹茶ラテを飲んでいた。


アレクシアは、その全員を見回した。


「……何よ」


鷹司が静かに答えた。


「いや。若いなと思っただけだ」

「鷹司」

「事実だ」

「黙れ」


すると、ゴードンが再び大声を上げた。


「よし! 決めた! 次にヴァレンティア王国へ行くときは、俺もついて行くぞ!」

「何しに?」

「恋の続き見学に!」

「絶対に連れて行かないわ」


即答だった。


「アレクシアちゃん、冷たくね!?」

「当然でしょ」


アレクシアがそう言うと、セリオはまた小さく笑った。

彼の視線に気づいたアレクシアは、さらに顔をしかめる。


「何よ」

「いや。こうして皆といるアレクシアを見るのは、少し羨ましいなと思って」


その言葉に、アレクシアは一瞬だけ言葉を失った。

喫茶店ローズのいつもの騒がしさ。

うるさい常連客。面倒な老人たち。勝手なことばかりする仲間。

そして、自分が店長として守っている場所。

アレクシアは視線を逸らした。


「……あなたにも、いつかそういう場所ができるわよ」

「あるよ」


セリオは答えた。


「ヴァレンティア王国がそうだ」


そして、少しだけ間を置く。


「でも、ローズも好きになった」

「勝手に常連になる気?」

「駄目かな」

「……考えとくわ」


その返事を聞いたアルフレッドが、にやりと笑った。


「はい、これで常連一名追加ー」

「まだ決まってないわよ!」

「でも、考えとくんでしょ?」

「うるさい!」


その騒がしい声が店内に響く。


セリオは、その光景を静かに眺めながら笑っていた。王子としてではなく、一人の青年として、ただそこにいることを楽しむように。


そしてアレクシアは、そんな彼の姿を見て、ほんの少しだけ困ったように眉を寄せた。


――やっぱり、これ以上好きになったら困る。

そう思っていたはずなのに。


「……紅茶、飲む?」


気がつけば、そんな言葉が口から出ていた。

セリオが目を丸くする。


「いいの?」

「今だけよ」

「ありがとう」


その笑顔を見た瞬間、アレクシアはまた少しだけ後悔した。


「……やっぱり、断ればよかったわ」

「遅いよ」

「黙りなさい」


喫茶店ローズには、その日もいつも通り、騒がしい時間が流れていた。


セドリックがふと思い出したように、セリオへ視線を向けた。


「そういえば、王のご療養はどうなさっているのですか?」


セリオは「ああ」と小さく頷いた。


「そのことなんだけど……」


その瞬間だった。


「ちょっ! レオナール様!! 待ってください!!」


廊下の向こうから、レティシアの切羽詰まった声が響き渡った。


次の瞬間、扉が勢いよく開く。


「ふぉおおおおお!! ここかぁ!!」


突然の大声に、部屋にいた全員がそちらを振り返った。


現れたのは、豪奢な王族衣装を身につけた小柄な男だった。茶色の癖毛にはわずかに白髪が混じり、腹は少しばかり出ている。王らしい服装ではあるものの、どこか着崩れており、その姿だけでも妙に落ち着きがない。


その後ろから、レティシアが慌てて追いついてくる。


「ですから、急に走らないでくださいと申し上げましたでしょう!」

「だって、セリオが連れてきたという異国の喫茶店の者たちがいるんじゃろ!? 気になるじゃろうが!」


レオナールはそう叫ぶと、部屋の中を見回した。


「おお……」


その視線が、アレクシアたち一人ひとりを順番に捉えていく。


アンナは少し驚いた様子で背筋を伸ばし、オスカーは反射的に身を縮めた。エリオットとセドリックは静かにその場に立ち、ガブリエルは穏やかにレオナールを見ている。悟真は特に反応せず、鷹司は抹茶ラテでも飲んでいそうなほど平然としていた。


そしてレオナールの視線が、アレクシアで止まる。


「ほぉう!」


アレクシアが少し眉をひそめた。


「……何よ」

「おぬしがアレクシアか!」

「そうだけど」

「初めましてじゃな!!」

「初めましてね」


アレクシアはやや警戒しながら答えた。


セリオが困ったように笑う。


「父上。驚かせないでください」

「驚かせてなどおらん! わしはただ、セリオの命を救ってくれた恩人たちを見に来ただけじゃ!」

「見に来ただけなら、もっと静かに入ってきてください」

「それでは面白くないじゃろ!」

「面白さを求める場面ではありません」


即座に返すセリオに、ゴードンが吹き出した。


「ははっ! なるほどな! セリオの親父さんってこんな人だったのかよ!」

「誰が親父さんじゃ!」

「王様だろ? じゃあ、セリオの親父さんじゃん」

「間違ってはおらんが、なんか軽い!」


ルシアンが静かに額を押さえた。


「旦那様。初対面の国王陛下に、もう少し言葉を選んでください」

「え? 失礼だった?」

「ええ。かなり」

「マジか」


そのやり取りを見ていたレオナールは、なぜかますます楽しそうに笑った。


「よい! 実に面白い連中じゃ!」


そして、改めて全員の前へ出る。


「わしはレオナール・ダルヴァル・ヴァレンティア! ヴァレンティア王国の王じゃ!」


一瞬の沈黙。


「……へぇ」


アレクシアはそれだけだった。


「反応薄っ!?」

「いや、さっきからセリオが父上って呼んでるし」

「それはそうじゃが!」

「分かってるわよ」


レオナールはしばらくアレクシアを見つめたあと、急に目を輝かせた。


「気に入った!」

「は?」

「うむ! おぬし、面白い!」

「初対面で何言ってんのよ」

「よし、アレクシア!わしと一緒に――」

「駄目です」


セリオが即座に遮った。


「まだ何も言っておらんぞ!?」

「父上のことですから、余計なことしか言わないでしょう」

「息子に対する信頼が低すぎる!」

「事実です」

「うぐっ!」


エドワードが小さく息を吐いた。


「……この国の王、これで大丈夫なのか」


アルフレッドは肩を揺らして笑っている。


「エド兄、さっきまでの王様のイメージ、完全に壊れたね」

「黙れ」


一方、アンナはレオナールへ丁寧に頭を下げた。


「初めまして、レオナール様。アンナ・ハーヴィーと申します!」


「ああ! お主がアンナか!」

「私をご存じなんですか?」

「セリオから少し話を聞いた!」

「そうなんですね!」


アンナが明るく笑うと、レオナールも満足そうに頷いた。


セリオは小さく息をついた。


「……父上は、もう療養する必要はないそうです」


その言葉に、セドリックが納得したように頷く。


「なるほど。そういうことでしたか」

「医師からは、もう好きにしていいと言われた」

「それは医師の方が気の毒ですね」


エリオットが穏やかに呟くと、レオナールは「何故じゃ!?」と振り返った。


部屋の中に、笑いが広がった。

ヴァレンティア王国の王と、喫茶店「ローズ」の面々。


それは間違いなく、この日が初対面だった。けれど、初めて会ったとは思えないほど、レオナールは最初から彼らの輪の中へ勢いよく入り込んでいた。

そしてアレクシアは、その騒がしい王を見ながら小さく呟いた。


「……セリオ、大変だったのね」

「うん」


セリオは即答した。


「今なら、よく分かってもらえると思う」


その言葉に、アレクシアは思わず笑った。

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