「って訳です!」
アンナが勢いよく両手を広げた。
「って訳です!」
しばらくの沈黙の後、ゴードンが盛大にテーブルを叩いた。
「恋愛小説かよ!!」
「恋愛小説って」
セリオは思わず笑った。
その反応に、アンナも「えへへ」と照れたように笑う。アレクシアだけは腕を組んだまま、露骨に顔をしかめていた。
「何よ、その話のまとめ方」
「いやいやいや! アレクシアちゃん! どう考えても恋愛小説だろ!」
ゴードンは大げさに身を乗り出す。
「王子様が国を救って、好きな女を追いかけて、最後に抱きしめて引き止める! 何だそれ、俺が書いたら絶対売れるぞ!」
「お前に小説を書く才能があるとは思えんが」
エドワードが冷たく言った。
「うるせぇな!」
「ゴードンさん、小説を書くんですか?」
アンナが首を傾げる。
「書かねぇよ!」
「では、売れませんね」
セドリックが穏やかに言った。
「何でお前まで乗ってくんだよ!」
その横で、エリオットは静かに紅茶を口にしていた。
「ですが、なかなか印象的なお話でしたね」
「だろ!?」
ゴードンがすぐさま同意を求めるように振り返る。
エリオットは困ったように微笑んだ。
「ええ。特に、最後の場面は」
その言葉に、アレクシアの表情がわずかに固まった。
セリオが自分の腕を掴み、まっすぐ目を見てきたこと。国民たちを前にしていたはずなのに、途中で話を切り上げ、自分たちを追いかけてきたこと。そして、何の迷いもなく抱きしめてきたこと。
思い出すだけで、少しだけ落ち着かなくなる。
「……別に大したことじゃないわよ」
「大したことだったと思いますけど」
アンナが素直に言った。
「アンナ」
「はい?」
「黙ってなさい」
「はい……」
すぐにしゅんとするアンナを見て、ガブリエルが苦笑した。
「まあまあ。アレクシアさんも、あまり照れなくてもよろしいのでは」
「照れてない」
即答だった。
「はいはい」
アルフレッドが笑いながら頷く。
「照れてない、照れてない」
「アルフレッド」
「ん?」
「その顔をやめなさい」
「どの顔?」
「今の顔」
「わかんないなぁ」
そのやり取りを見ていた悟真が、腕を組んだまま一言だけ呟いた。
「面倒だな」
「何がよ」
アレクシアが睨む。
「全て」
「は?」
ゴードンがまた笑い出した。
「いやー、でもよぉ。セリオ坊ちゃん、完全にアレクシアちゃんに惚れてんじゃねぇか?」
「……」
セリオは少しだけ考えた。
そして、否定しなかった。
「そうかもしれないね」
空気が止まった。
「は?」
アレクシアがゆっくり振り返る。
ゴードンの目が見開かれ、アンナは口を押さえ、オスカーは明らかに動揺して両手を胸元で固めた。
「えっ……あの……本当に、ですか……?」
「オスカー、声が震えてるわよ」
「す、すみません……!」
エドワードだけが、静かにセリオを見ていた。
その視線に気づいたセリオは、苦笑する。
「もちろん、今すぐどうこうするつもりはないよ」
「当たり前だ」
エドワードの返答は早かった。
「お前は王子だ。こっちは喫茶店の店長だ。立場も生活も違う」
「わかってるよ」
「ならいい」
セリオは少しだけ目を細めた。
「でも、アレクシアを好きになったことまで否定するつもりはないよ」
「セリオ」
アレクシアが低い声で名前を呼ぶ。
「何?」
「黙って」
「はい」
今度はセリオが素直に黙った。
ゴードンが吹き出す。
「王子様、意外と弱ぇな!」
「ゴードンさんも黙ってください!」
アンナが慌てて止める。
「何でだよ!」
「余計に怒らせます!」
「もう遅いわ」
アレクシアは深くため息をついた。
その場にいた全員が、どこか面白そうな顔をしていることに気づく。
エドワードは露骨に不機嫌そうだったが、アルフレッドは笑いを堪えていた。エリオットとセドリックは穏やかな顔をしており、ガブリエルは困ったように笑っている。鷹司に至っては、何も言わず抹茶ラテを飲んでいた。
アレクシアは、その全員を見回した。
「……何よ」
鷹司が静かに答えた。
「いや。若いなと思っただけだ」
「鷹司」
「事実だ」
「黙れ」
すると、ゴードンが再び大声を上げた。
「よし! 決めた! 次にヴァレンティア王国へ行くときは、俺もついて行くぞ!」
「何しに?」
「恋の続き見学に!」
「絶対に連れて行かないわ」
即答だった。
「アレクシアちゃん、冷たくね!?」
「当然でしょ」
アレクシアがそう言うと、セリオはまた小さく笑った。
彼の視線に気づいたアレクシアは、さらに顔をしかめる。
「何よ」
「いや。こうして皆といるアレクシアを見るのは、少し羨ましいなと思って」
その言葉に、アレクシアは一瞬だけ言葉を失った。
喫茶店ローズのいつもの騒がしさ。
うるさい常連客。面倒な老人たち。勝手なことばかりする仲間。
そして、自分が店長として守っている場所。
アレクシアは視線を逸らした。
「……あなたにも、いつかそういう場所ができるわよ」
「あるよ」
セリオは答えた。
「ヴァレンティア王国がそうだ」
そして、少しだけ間を置く。
「でも、ローズも好きになった」
「勝手に常連になる気?」
「駄目かな」
「……考えとくわ」
その返事を聞いたアルフレッドが、にやりと笑った。
「はい、これで常連一名追加ー」
「まだ決まってないわよ!」
「でも、考えとくんでしょ?」
「うるさい!」
その騒がしい声が店内に響く。
セリオは、その光景を静かに眺めながら笑っていた。王子としてではなく、一人の青年として、ただそこにいることを楽しむように。
そしてアレクシアは、そんな彼の姿を見て、ほんの少しだけ困ったように眉を寄せた。
――やっぱり、これ以上好きになったら困る。
そう思っていたはずなのに。
「……紅茶、飲む?」
気がつけば、そんな言葉が口から出ていた。
セリオが目を丸くする。
「いいの?」
「今だけよ」
「ありがとう」
その笑顔を見た瞬間、アレクシアはまた少しだけ後悔した。
「……やっぱり、断ればよかったわ」
「遅いよ」
「黙りなさい」
喫茶店ローズには、その日もいつも通り、騒がしい時間が流れていた。
セドリックがふと思い出したように、セリオへ視線を向けた。
「そういえば、王のご療養はどうなさっているのですか?」
セリオは「ああ」と小さく頷いた。
「そのことなんだけど……」
その瞬間だった。
「ちょっ! レオナール様!! 待ってください!!」
廊下の向こうから、レティシアの切羽詰まった声が響き渡った。
次の瞬間、扉が勢いよく開く。
「ふぉおおおおお!! ここかぁ!!」
突然の大声に、部屋にいた全員がそちらを振り返った。
現れたのは、豪奢な王族衣装を身につけた小柄な男だった。茶色の癖毛にはわずかに白髪が混じり、腹は少しばかり出ている。王らしい服装ではあるものの、どこか着崩れており、その姿だけでも妙に落ち着きがない。
その後ろから、レティシアが慌てて追いついてくる。
「ですから、急に走らないでくださいと申し上げましたでしょう!」
「だって、セリオが連れてきたという異国の喫茶店の者たちがいるんじゃろ!? 気になるじゃろうが!」
レオナールはそう叫ぶと、部屋の中を見回した。
「おお……」
その視線が、アレクシアたち一人ひとりを順番に捉えていく。
アンナは少し驚いた様子で背筋を伸ばし、オスカーは反射的に身を縮めた。エリオットとセドリックは静かにその場に立ち、ガブリエルは穏やかにレオナールを見ている。悟真は特に反応せず、鷹司は抹茶ラテでも飲んでいそうなほど平然としていた。
そしてレオナールの視線が、アレクシアで止まる。
「ほぉう!」
アレクシアが少し眉をひそめた。
「……何よ」
「おぬしがアレクシアか!」
「そうだけど」
「初めましてじゃな!!」
「初めましてね」
アレクシアはやや警戒しながら答えた。
セリオが困ったように笑う。
「父上。驚かせないでください」
「驚かせてなどおらん! わしはただ、セリオの命を救ってくれた恩人たちを見に来ただけじゃ!」
「見に来ただけなら、もっと静かに入ってきてください」
「それでは面白くないじゃろ!」
「面白さを求める場面ではありません」
即座に返すセリオに、ゴードンが吹き出した。
「ははっ! なるほどな! セリオの親父さんってこんな人だったのかよ!」
「誰が親父さんじゃ!」
「王様だろ? じゃあ、セリオの親父さんじゃん」
「間違ってはおらんが、なんか軽い!」
ルシアンが静かに額を押さえた。
「旦那様。初対面の国王陛下に、もう少し言葉を選んでください」
「え? 失礼だった?」
「ええ。かなり」
「マジか」
そのやり取りを見ていたレオナールは、なぜかますます楽しそうに笑った。
「よい! 実に面白い連中じゃ!」
そして、改めて全員の前へ出る。
「わしはレオナール・ダルヴァル・ヴァレンティア! ヴァレンティア王国の王じゃ!」
一瞬の沈黙。
「……へぇ」
アレクシアはそれだけだった。
「反応薄っ!?」
「いや、さっきからセリオが父上って呼んでるし」
「それはそうじゃが!」
「分かってるわよ」
レオナールはしばらくアレクシアを見つめたあと、急に目を輝かせた。
「気に入った!」
「は?」
「うむ! おぬし、面白い!」
「初対面で何言ってんのよ」
「よし、アレクシア!わしと一緒に――」
「駄目です」
セリオが即座に遮った。
「まだ何も言っておらんぞ!?」
「父上のことですから、余計なことしか言わないでしょう」
「息子に対する信頼が低すぎる!」
「事実です」
「うぐっ!」
エドワードが小さく息を吐いた。
「……この国の王、これで大丈夫なのか」
アルフレッドは肩を揺らして笑っている。
「エド兄、さっきまでの王様のイメージ、完全に壊れたね」
「黙れ」
一方、アンナはレオナールへ丁寧に頭を下げた。
「初めまして、レオナール様。アンナ・ハーヴィーと申します!」
「ああ! お主がアンナか!」
「私をご存じなんですか?」
「セリオから少し話を聞いた!」
「そうなんですね!」
アンナが明るく笑うと、レオナールも満足そうに頷いた。
セリオは小さく息をついた。
「……父上は、もう療養する必要はないそうです」
その言葉に、セドリックが納得したように頷く。
「なるほど。そういうことでしたか」
「医師からは、もう好きにしていいと言われた」
「それは医師の方が気の毒ですね」
エリオットが穏やかに呟くと、レオナールは「何故じゃ!?」と振り返った。
部屋の中に、笑いが広がった。
ヴァレンティア王国の王と、喫茶店「ローズ」の面々。
それは間違いなく、この日が初対面だった。けれど、初めて会ったとは思えないほど、レオナールは最初から彼らの輪の中へ勢いよく入り込んでいた。
そしてアレクシアは、その騒がしい王を見ながら小さく呟いた。
「……セリオ、大変だったのね」
「うん」
セリオは即答した。
「今なら、よく分かってもらえると思う」
その言葉に、アレクシアは思わず笑った。




