↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第2章〜ヴァレンティア王国編〜
PR
88/129

「赤いバラが好き」

二人は城内の廊下を進んでいた。追っ手を警戒しながらも、先ほどまでの緊迫した空気はほんの少しだけ和らいでいる。セリオは隣を歩くアレクシアを見て、ふと思い出したように口を開いた。


「それで、さっきの答えだけど……好きなバラは?」


アレクシアは少し考えてから、素っ気なく答えた。


「赤いバラが好き」

「君っぽいね」


セリオが微笑む。


アレクシアは横目で彼を見る。


「嫌味?」

「まさか」


セリオは穏やかに笑った。


「綺麗だと思っただけだよ」

「……そう」


アレクシアはそれ以上何も言わなかったが、ほんの少しだけ頬が緩んだ。

その直後、セリオは彼女の手を取った。


「こっち」

「え?」

「ちょっと寄りたいところがあるんだ」


セリオはアレクシアの手を引き、廊下の奥にある扉へ向かった。周囲を確認してから鍵を開け、二人で中へ入る。


扉が閉じる。

そこは、外の城内とは雰囲気の違う部屋だった。

室内には棚がいくつも並び、それぞれに小さな容器や袋が整然と収められている。容器には種類ごとの名前が記され、温度や湿度を管理するための設備も設置されていた。


アレクシアは部屋を見回した。


「ここは?」


セリオは棚の一つへ歩み寄る。


「ここはね、薔薇の種を管理している専用の部屋だよ」

「薔薇の種……?」

「そう。ヴァレンティアでは昔から薔薇の栽培が盛んでね。王家が管理している品種もあるんだ」


セリオは棚に並んだ種を眺めながら続けた。


「ここなら、しばらく隠れていられると思う」


アレクシアは部屋の中をもう一度見回した。

そして、赤い薔薇の名前が書かれた小さな容器を見つける。


「……本当に、薔薇ばっかりね」

「気に入った?」

「ええ。少しだけ」


セリオは嬉しそうに笑った。


「それなら、ここへ来てよかった」

「……どうして?」

「君が赤いバラが好きだって聞いたから」


アレクシアは一瞬、言葉を失った。


「……あなた、こんな状況でもそういうこと考えてたの?」

「うん」

「変な王子様ね」

「そうかもしれない」


二人は顔を見合わせる。

そして、静かな種子管理室の中で、ほんの一瞬だけ穏やかな時間が流れた。


薔薇の種を管理する部屋に、突然、荒々しい足音が響いた。

アレクシアとセリオが振り返る。

扉が勢いよく開かれた。


「やっと追いついたわ……」


そこに立っていたのは、ルクレツィアだった。


髪は乱れ、呼吸も荒い。それでも、その目だけは執念深く二人を捉えている。

セリオは深いため息をついた。


「ルクレツィア……」


そして、もう逃げることを諦めたように肩を落とす。


「はぁ……。もういいや」


アレクシアが隣でセリオを見る。

セリオは静かにルクレツィアを見据えた。


「ハッキリ言うよ」

「……何を?」


セリオは部屋を見回し、それから棚に並ぶ無数の種へ視線を向けた。


「ここが、ヴァレンティア王国の秘宝だよ」

「…………は?」


ルクレツィアの表情が固まった。


「嘘よ……」

「本当だよ」


セリオは淡々と答える。


「ヴァレンティア王家が代々守ってきたもの。それは、この国で受け継がれてきた薔薇の種そのものなんだ」


ルクレツィアの瞳が大きく見開かれる。


「そんな……」

「王家だけが管理している特殊な品種もある。だから、ここは厳重に管理されている」

「嘘……嘘よ!」


ルクレツィアの声が震え始める。


「そんなものが……秘宝ですって?」


次の瞬間。


「ふざけないでぇぇぇぇぇっ!!」


絶叫が部屋中に響き渡った。

ルクレツィアは棚へ駆け寄ろうとする。


「私が欲しかったのは、こんな……こんな種じゃない!」


そのとき、外から兵士たちが駆け込んできた。


「ルクレツィア様!」

「確保しろ!」


兵士たちがルクレツィアを取り押さえる。


「離しなさい! 私はこの国の――!」

「もう終わりです、ルクレツィア様」


その言葉に、ルクレツィアが激しく抵抗する。

しかし、兵士たちは彼女をそのまま拘束した。

そして、一人の兵士がルクレツィアの顔を見て、息を呑んだ。


「……え?」


別の兵士も目を見開く。


「待て……この顔……」


アレクシアも驚いたようにルクレツィアを見る。

これまで彼女が人前で見せていた、美しく整った顔立ちは、もうどこにもなかった。

長い間張り詰めていた緊張と激しい感情によって、化粧も崩れ、その素顔が露わになっている。


そこにあったのは、これまでの美貌からは想像もつかないほど老いて見える、険しく歪んだ顔だった。


まるで別人だった。


「……これが、ルクレツィア様……?」


兵士たちの間に動揺が広がる。

ルクレツィアは自分の顔を隠そうとする。


「見るな……!」


しかし、もう遅かった。

セリオは何も言わず、ただ静かに彼女を見つめていた。


アレクシアはセリオの隣に立ったまま、静かに息を吐く。

ようやく、長かった騒動に終わりが見え始めていた。

そしてセリオは、棚に並ぶ薔薇の種へ視線を向ける。

この国が守ってきた本当の秘宝。

それは、権力でも金でもなかった。

長い年月をかけて受け継がれてきた、小さな種だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。