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喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第2章〜ヴァレンティア王国編〜
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「好きなバラってある?」

ルクレツィアの顔から、完全に余裕が消えた。


「……渡さない?」


その言葉を噛み締めるように、彼女はアレクシアを睨みつける。


「あなたが、私にそんなことを言うの?」

「言うわよ」


アレクシアは一歩も退かなかった。


「セリオは物じゃない。誰かの都合で手に入れたり、渡したりするものじゃないでしょう」


「綺麗事を……!」


ルクレツィアが声を荒らげる。


「この国で権力を握るには、綺麗事だけでは足りないのよ!私はここまで来たの!セリオ様との結婚も、王家の秘宝も、全部私が手に入れる!」

「だからって、セリオの意思を無視していい理由にはならない」


セリオが静かに言った。

ルクレツィアが振り向く。


「……あなたまで」

「僕はもう、君の言いなりにはならない」


セリオの声には、これまでにない強さがあった。


「僕は王子として、この国を守る。そして、自分の人生も自分で決める」

「黙りなさい!」


ルクレツィアが叫んだ。

その声に、セリオは一瞬だけ目を伏せる。

だが、すぐに顔を上げた。


「嫌だ」


短い言葉だった。

ルクレツィアが息を呑む。


「僕は君とは結婚しない」

「……!」

「何度でも言う。僕は、君の望みのために自分を差し出すつもりはない」


アレクシアは隣に立つセリオを見つめた。

その横顔には、王子としての覚悟がはっきりと浮かんでいる。

ルクレツィアはしばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと笑った。


「そう……。なら、仕方ないわね」


その言葉に、セリオの表情が険しくなる。


「何をするつもりだ」

「簡単なことよ」


ルクレツィアは二人を見据える。


「あなたが私のところへ戻ってくるまで、私は何度でも追う。それだけ」

「諦める気はないのね」


アレクシアが言う。


「ええ。絶対に」


ルクレツィアは踵を返した。

だが、その直後だった。

遠くから複数の足音が聞こえてきた。

ルクレツィアの表情が変わる。


「……来たわね」


セリオが振り返る。

街道の向こうから、兵士たちがこちらへ向かってくる。

アレクシアが小さく息を吐いた。


「また走ることになりそうね」

「……そのようだね」


セリオは苦笑する。

そして、自然な動作でアレクシアの手を取った。

今度も、指を絡めたまま。


「行こう、アレクシア」

「ええ」


二人は同時に走り出した。

その背中を見つめながら、ルクレツィアは拳を握り締める。


「……セリオ様は、私のものよ」


しかし、その声は二人にはもう届かなかった。

二人は街道を走っていた。背後からは兵士たちの足音が迫っている。けれど、セリオはなぜか少しだけ考え込んでいた。


そして突然、繋いだ手を握ったままアレクシアへ顔を向ける。


「アレクシア、聞きたいことがあるんだ!」

「何よ?」

「好きなバラってある?」


アレクシアは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


「……は?」

「好きなバラ。色とか、種類とか」


「この状況で何聞いてるのよ!」


アレクシアは思わず声を上げた。


「今、私たち追われてるのよ!? どうして急にバラの話になるの!?」

「いや、その……」


セリオは走りながら困ったように笑う。


「聞いておきたかったんだ」

「だからって今じゃないでしょう!」

「……すまない」


セリオは素直に謝った。


アレクシアは呆れたように彼を見る。


「もう……」


それでも、繋いだ手は離さなかった。

その二人の後方では、ルクレツィアが歩いていた。

走ってはいない。

ただ、二人の姿を見失わないように、一定の速度で歩き続けている。

その顔からは、かつての優雅さも理性的な雰囲気も消えていた。

ただ、セリオとアレクシアだけを見つめている。


「……バラですって?」


低い声が漏れる。


「そんな話をしている場合じゃないでしょう……」


彼女の瞳は異様なほど鋭く、完全に冷静さを失っていた。


「セリオ様……」


口元だけが、ゆっくりと歪む。


「あなたは、私から逃げられないわ」


そのままルクレツィアは、二人の後を追い続けた。

一方、前を走るアレクシアは、ふとセリオを見る。


「……で?」

「え?」

「好きなバラを聞いて、どうするつもりだったの?」


セリオは少しだけ黙った。


「それは……全部終わってから話すよ」

「またそれ?」

「今度こそ約束する」

「……分かったわ」


アレクシアは小さく笑った。


「じゃあ、ちゃんと覚えておきなさい」

「うん」


二人は再び前を向く。

その先には、仲間たちが待っている。

そしてセリオは、まだ言葉にできていない想いを胸に抱えたまま、アレクシアの手を握り続けていた。

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