「今だ!」
扉の前に立ったルクレツィアは、しばらく何も言わなかった。
ただ、セリオとアレクシアを交互に見つめている。
やがて、その表情から笑みが消えた。
「……そう」
低い声だった。
「そういうことなのね」
ルクレツィアの視線がアレクシアへ向く。
「セリオ様の言っていた女」
アレクシアは一歩も引かなかった。
「だったら何?」
その言葉に、ルクレツィアの眉がぴくりと動く。
「……私がどれだけセリオ様のために動いてきたと思っているの?」
「知らないわよ」
「どれだけ、この国を支えてきたと思っているの?」
「それも知らない」
「どれだけ――!」
ルクレツィアの声が初めて荒れた。
部屋の空気が一気に張り詰める。
「セリオ様を王として立たせるために、私がどれだけ苦労したと思っているのよ!」
セリオが険しい表情になる。
「ルクレツィア、もうやめてくれ」
「黙って!」
鋭い声が飛ぶ。
セリオが息を呑んだ。
「あなたは何も分かっていない!」
ルクレツィアは震える手を握り締めた。
「あなたはいつもそう。自分だけが正しいと思って、私の言うことを聞かない!」
「僕は君の所有物じゃない」
その言葉に、ルクレツィアの表情が歪んだ。
「……所有物?」
小さく笑う。
しかし、その笑みにはもう余裕がなかった。
「そう。なら、あなたから大切なものを全部奪えばいいのね」
アレクシアが前へ出る。
「セリオに手を出すなら――」
「あなたが黙りなさい!」
ルクレツィアが叫んだ。
その瞬間。
エドワードの目が鋭くなる。
部屋の外から、複数の足音が聞こえてきた。
兵士たちがこちらへ向かっている。
だが、それを待っていたかのように、エドワードが低く叫んだ。
「今だ!」
アルフレッドが即座に動く。
扉へ向かって駆け出し、外から近づいてくる兵士たちの進路を塞ぐ。
エドワードはセリオへ手を伸ばした。
「セリオ!こっち!」
「分かった!」
セリオが走り出す。
アレクシアもその後を追った。
「アレクシア!」
セリオが彼女の手を取る。
二人の手が重なった。
そのままエドワードとアルフレッドに続いて、部屋の奥にある別の通路へ駆け込む。
背後からルクレツィアの声が響いた。
「待ちなさい!」
しかし、エドワードは振り返らなかった。
「走るよ!」
四人の足音が、城の奥へと響き渡る。
そしてその直後、ルクレツィアの怒りに満ちた声が城内へ轟いた。
「絶対に逃がさないわ……!」
その声を聞きながら、セリオはアレクシアの手を強く握った。
今度こそ、彼女を一人にしない。
そう決意するように。
エドワードとアルフレッドは、セリオとアレクシアを先へ行かせると、その場に残った。
背後から兵士たちの足音が迫ってくる。
「エド兄、結構来るよ?」
「見れば分かる」
エドワードはため息をつきながら、廊下の中央へ立った。
アルフレッドもその隣に並ぶ。
「じゃあ、いつものやつで」
「うん」
二人は顔を見合わせた。
そして、エドワードが懐から通信機を取り出す。
「今だ!」
短い合図。
その瞬間、城の各所で動きが始まった。
厨房ではオスカーが大量の食器や調理器具を運び込み、わざと通路を塞いでいる。
「す、すみません! 今ちょっと通れませんので……!」
「どけ!」
「は、はい! ですが、こちらの料理を運ばないと……!」
アンナは別の廊下で兵士たちを引き止めていた。
「すみません! こちらに行かれた方が早いですよ!」
「どっちだ!」
「えっと……たぶん、あっちです!」
兵士たちが示された方向へ走っていく。
その先には、セドリックとエリオットが待っていた。
「申し訳ございません。そちらは現在、通行できません」
「何だと!」
「言うこと聞いたほうがいいですよ」
二人はあくまで穏やかな笑顔のまま、兵士たちを別の方向へ誘導していく。
一方、城の外。
鷹司は、手にした端末をじっと見つめていた。
「……これでいいのか?」
悟真が横から画面を覗き込む。
「配信開始を押せばよい」
「そうか」
鷹司は指示通りに画面を操作した。
数秒後。
配信が始まった。
画面には、ヴァレンティア城を背景にした鷹司の姿が映っている。
本人は明らかに慣れていない。
「……現在、ヴァレンティア城の前にいる」
コメントが流れ始める。
《誰?》
《おじいちゃん何してるの?》
《後ろ城じゃん》
鷹司は眉一つ動かさない。
「私は今から、この国で起きていることを話す」
悟真が隣で静かに頷く。
「続けろ」
「ルクレツィア・デ・モンフォールによる権力の濫用。セリオ殿下への強要。さらに――」
鷹司は淡々と事実を語り始めた。
それまで静かだった画面のコメント欄が、次第に激しく動き始める。
《え、マジ?》
《ガチの話?》
《これ本当ならヤバくない?》
《誰か保存しろ》
鷹司は画面を見て、わずかに首を傾げた。
「……随分と騒がしいな」
悟真が答える。
「それが動画配信というものだ」
「そうか」
鷹司は再びカメラへ向き直った。
「ならば、最後まで伝える」
一方、城内。
エドワードとアルフレッドの前には、ついに多数の兵士が集まっていた。
アルフレッドが肩を回す。
「結構来たね」
エドワードは小さく笑った。
「時間稼ぎとしては十分だ」
「セリオたちは?」
「もうかなり先へ行ったはず」
「じゃあ、僕たちもそろそろ――」
その瞬間、城内に大きな鐘の音が響いた。
同時に、兵士たちの間からざわめきが起こる。
「何だ?」
「外で何か起きているぞ!」
「城の前に人が集まっている!」
エドワードとアルフレッドは顔を見合わせた。
アルフレッドが笑う。
「鷹司おじいちゃん、やったね」
エドワードも苦笑する。
「まさか本当に配信までやるとは思わなかったよ」
その頃、鷹司の配信には、すでに大量の視聴者が集まり始めていた。
そして、ルクレツィアの悪行は、城の外だけではなく、国中へと広がり始めていた。
ルクレツィアが築き上げてきた権力の土台は、少しずつ崩れ始めていた。




