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喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第2章〜ヴァレンティア王国編〜
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「ただの女が王子様を迎えに来て悪い?」

廊下を進んでいたアレクシアたちは、前方から聞こえる話し声に足を止めた。


「……セリオ様も気の毒だな。ルクレツィア様と結婚なんて」

「性格最悪だしな」

「ほんと嫌な女」


兵士とメイドの噂話だった。三人はすぐに物陰へ身を隠す。


「ここだけの話だが」


兵士の声がさらに落ちる。


「セリオ殿下、好きな女を守るためにルクレツィアと結婚するらしい」


「えっ……!」


メイドが思わず声を上げ、すぐに口を塞がれる。

その瞬間、アレクシアの動きが止まった。


「……好きな、女……?」


小さく漏れた声に、アルフレッドが横目を向ける。口元にはわずかな笑み。エドワードは無言でその反応を見ていた。


やがて兵士たちは噂を続けながら去っていく。

足音が遠ざかり、廊下に静寂が戻った。

アレクシアは物陰から出る。


「……セリオ…私…やっぱり…」


驚きがそのまま言葉になった。


「可能性は高いね」


アルフレッドが肩をすくめる。


「……」


アレクシアは胸元を押さえ、言葉を失う。

守るために戻ったこと。追っ手を引き受けたこと。あの時の抱擁。

断片が一気につながる。


「……バカじゃないの」


小さく呟くと、頬がわずかに熱を帯びた。


「話は後だ」


エドワードの声が空気を切った。


「時間がない」


アレクシアは顔を上げる。


「うん」


迷いは消えていた。


「絶対に助ける」


三人は再び歩き出す。

足音が石床に吸い込まれ、廊下の空気が動き出す。

そのまま彼らは、城の奥へと進んでいった。


――同じ城のさらに深部。


窓のない一室。外の音は届かず、静寂だけが沈んでいる。

そこには、ただ冷えた空気と、重い沈黙だけが満ちていた。

誰もいないはずのその部屋で、時間だけがゆっくりと流れていく。

守りたいという想いは、まだ形にならないまま、城の奥へと沈んでいた。


アレクシアたちは、城の奥へ進んでいた。


廊下を曲がるたびに、警備の兵士が増えていく。先ほどまで聞こえていた城内のざわめきも次第に遠ざかり、代わりに、張り詰めた静けさが広がっていた。


アルフレッドが壁際を確認しながら、小さく呟く。


「この先、かなり警備が厳しいね」


「セリオがいる場所に近づいてるんだろうね」


エドワードは周囲を見渡した。


「問題は、どうやって抜けるかだ」


アレクシアは黙って前を見ていた。

先ほど聞いた噂が、頭から離れない。


――好きな女を守るために、ルクレツィアと結婚する。


もし、それが本当なら。

セリオは自分を守るために、そこまでしようとしている。


「……セリオ」


アレクシアは小さく名前を呼んだ。

その声に、エドワードが振り返る。


「どうした?」

「なんでもない」


アレクシアは首を横に振った。

だが、すぐにその足が止まった。

廊下の先。

大きな扉の前に、二人の兵士が立っている。

アルフレッドが目を細めた。


「……あそこだね」


エドワードも頷く。


「おそらく」


三人は物陰へ身を寄せる。

すると、扉の向こうから声が聞こえた。


「セリオ様。もう一度だけ考え直していただけませんか」


聞き覚えのない男の声だった。

続いて、セリオの声が返ってくる。


「何度言われても答えは変わらないよ」


アレクシアの目が見開かれた。

間違いない。

セリオだ。


「僕は、ルクレツィアとの結婚を望んでいない」

「ですが殿下。あなたが拒めば――」

「分かってる」


セリオの声が少しだけ低くなる。


「僕が拒み続ければ、彼女は僕の大切な人に手を出す。それくらい分かってるよ」


アレクシアは息を呑んだ。

エドワードとアルフレッドも、何も言わずに扉を見つめている。

セリオは続けた。


「だから僕は、最後まで彼女を守る」


「……殿下」

「僕自身がどうなっても構わない」


その言葉を聞いた瞬間、アレクシアは物陰から出ようとした。


しかし、エドワードが腕を掴んで止める。


「まだだ」

「でも――」

「今出れば、全部台無しになる」


アレクシアは唇を噛み、何とか踏みとどまった。


扉の向こうから、再び声がする。


「それでは、失礼します」


足音が近づいてくる。

三人はすぐに身を隠した。

扉が開く。

兵士が一人、廊下へ出てきた。

そのまま通り過ぎていく。

足音が遠ざかったのを確認すると、アルフレッドが小さく笑った。


「今だね」


エドワードが扉へ近づく。

アレクシアも続いた。

そして、扉がゆっくりと開かれる。


「セリオ」


アレクシアの声が響いた。

部屋の奥にいたセリオが、驚いたように振り返る。

深い青の瞳が大きく見開かれた。


「……アレクシア?」


その顔には、驚きと安堵が入り混じっていた。


「どうして……」


アレクシアは迷わず歩み寄る。


「迎えに来たのよ」


セリオは言葉を失った。

そして、ほんの少しだけ笑った。


「……本当に、君は無茶をするね」

「あなたに言われたくないわ。それに…」

「それに?」

「ただの女が王子様を迎えに来て悪い?」


二人の視線が重なる。

その瞬間だけ、長い間続いていた緊張が消えた。

笑い合ってしまった。

だが――。

背後から、ゆっくりと扉が閉じる音がした。

三人は同時に振り返った。

そこに立っていたのは、ルクレツィアだった。

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