「…あそこ」
兵士が荷車の前で足を止めた。
「搬入許可証を」
エリオットがすぐに一歩前へ出る。いつもの穏やかな表情を崩さず、懐から偽装の書類を取り出した。
「こちらでございます。本日の食材と日用品をお届けに参りました」
兵士は書類を受け取り、しばらく眺めた。
その間、荷車の後ろではアレクシアが息を殺していた。隣にいるエドワードもアルフレッドも、微動だにしない。
「……随分と人数が多いな」
「本日は納品量が多いもので」
「まあ。最近、城への侵入を試みた者がいる。しばらく警戒が厳しくなっている」
「承知しております。こちらも規則には従わせていただきます」
エリオットの返答には一切の動揺がない。
その横で、オスカーは荷車の後ろに立ったまま、両手を胸の前で組んでいた。緊張しているのは明らかだったが、料理人として振る舞うことだけに意識を集中させている。
兵士が荷台へ近づいた。
「中を確認する」
アレクシアの表情が僅かに強張った。
もしここで見つかれば、計画はすべて終わる。
その瞬間、アレクシアの心臓が大きく跳ねた。
荷台には食材の箱が積まれている。その奥には、城内へ入るための道具も隠してある。
見つかれば終わりだ。
兵士が一つの箱を開ける。
野菜とスパイス。
別の箱を開ける。さらに別の箱を開ける。
その作業の繰り返し。
オスカーの顔がわずかに強張った。
「これは?」
兵士が取り出したのは、厨房用の調味料だった。
オスカーがすぐに答える。
「そ、それは厨房で使うものです……。本日の料理に必要なので……」
「料理人か。それにしても、デカいな。料理人より兵士に向いてそうだが」
「は、はい……」
兵士はオスカーをじっと見つめた。
「名前は?」
「オスカー・ハーヴィーです」
「城内で働いた経験は?」
「あ、ありません……」
「なら、なぜ今日から?」
オスカーの喉が小さく鳴った。
その時、ガブリエルが穏やかな声で口を挟んだ。
「本日は臨時の応援です。城内の厨房から急な要請がありまして」
大柄な身体を持つガブリエルが静かに頭を下げる。
「もし確認が必要でしたら、厨房の責任者へ問い合わせていただいても構いません」
兵士はガブリエルを見上げた。
しばらく沈黙した後、偽装の書類へ視線を戻す。
「……分かった」
しかし、その瞬間だった。
城門の外から、乾いた音が響いた。
――カンッ。
兵士たちが一斉に振り返る。
「何だ?」
続けて、もう一度音がした。
今度は石壁の一部に何かが当たったような音だった。
「城壁側だ!」
別の兵士が叫ぶ。
門の警備兵たちが一斉にそちらへ走り出した。
エリオットは目を細める。
「……始まりましたね」
荷車の陰で、アルフレッドが小さく笑った。
「さすが鷹司おじいちゃんと悟真。仕事が早いねぇ」
エドワードも僅かに口元を緩める。
「今のうちだ」
「でも、兵士が戻ってきたら?」
アレクシアが小声で尋ねる。
「戻ってくる前に入る」
エドワードが答えた。
荷車はそのまま城門を通過した。
誰も止める者はいない。
アレクシアは、ようやく小さく息を吐いた。
「……入れた」
「まだ始まったばかりだよ」
エドワードが囁く。
「ここからが本番だ」
城内へ入ると、景色が一変した。
美しく整えられた庭園。噴水から流れる水。壁沿いに咲き誇る薔薇。
しかし、その美しい景観の中に、武装した兵士が一定間隔で配置されている。
アルフレッドが周囲を見渡す。
「綺麗な城なのに、ずいぶん物騒だねぇ」
「それだけルクレツィアが警戒してるってことね」
アレクシアが答えた。
荷車は厨房へ向かって進んでいく。
やがて大きな扉の前で止まった。
「ここからは別行動だ」
エドワードが小声で言う。
「オスカーたちは厨房へ。僕たちはセリオのいる場所を探す」
オスカーは不安そうに頷いた。
「分かりました……」
エリオットが柔らかく声をかける。
「大丈夫ですよ、オスカーさん。あなたならできます」
「は、はい……!」
一行は二手に分かれた。
アレクシア、エドワード、アルフレッドは使用人用の通路へ入っていく。
しばらく歩いたところで、アルフレッドが足を止めた。
「ねえ、エド兄」
「何?」
「これ、変じゃない?」
「そうだね」
エドワードも足を止める。
廊下の先。
そこだけ兵士の数が異様に多かった。
そして、その先には他の部屋とは明らかに違う、重厚な扉がある。
アレクシアは扉を見つめた。
胸が、強く鳴った。
「……あそこ」
「分かるのかい?」
「分からない。でも……」
アレクシアは胸元を押さえる。
「セリオが、あそこにいる気がする」
エドワードは少しだけ目を細めた。
そして、静かに頷いた。
「なら、行こう」
三人は物陰に身を隠しながら、兵士たちの動きを窺う。




