「…行く」
翌朝、まだ薄暗い時間だった。
廃墟を改装した隠れ家の一角で、アレクシアは静かに目を開けた。傷の痛みはまだ残っている。少し身体を動かすだけで、鈍い痛みが走った。
それでも、彼女は顔をしかめただけだった。
「……行く」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いて立ち上がる。
その頃には、すでに全員が準備を始めていた。
オスカーは厨房から借りたような簡素な作業着に着替え、食材を積んだ荷車を確認している。アンナとエリオットとセドリックは城に出入りする使用人を装うため、それぞれ目立たない服装に身を包んでいた。ガブリエルは荷物運び役として、いくつもの木箱を軽々と持ち上げている。
颯太は短く息を吐き、腰に手を当てた。
「本当に、これで入れるんですか」
「入るよ」
アルフレッドが答える。
「というより、入るしかない」
「雑ですね……」
「作戦なんて、最後は勢いだよ。」
「それは作戦って言わないだろ」
颯太が思わず突っ込む。
そのやり取りを聞きながら、アレクシアは荷車の方へ向かった。
「私も手伝う」
しかし、その直後だった。
「ダメ」
背後からエドワードの声が飛ぶ。
アレクシアが振り返る。
「何よ」
「重いものは持たない」
「まだ何も持ってない」
「持とうとした」
「……」
エドワードは容赦なく続けた。
「昨日の条件を忘れたのかい」
アレクシアは不満そうに眉を寄せた。
「忘れてない」
「ならいい」
「でも、ちょっとくらい――」
「ダメ」
「……」
アルフレッドが吹き出した。
「完全に保護者モードだね、エド兄」
「黙って」
「はいはい」
アレクシアは小さく息を吐いた。
「分かったわよ…」
「そう」
「でも、セリオを見つけたら私が行く」
「……」
エドワードは少しだけ黙った。
それから、観念したように息を吐く。
「それは止めない」
アレクシアは意外そうに目を瞬かせた。
「いいの?」
「君がそこまでして助けたいならね」
エドワードは視線を逸らした。
「ただし、無茶をしたら今度こそ担いで連れ帰る」
「絶対嫌!」
「なら無茶しない」
「……」
アルフレッドが愉快そうに笑う。
「なんだかんだ言って、完全に折れたね」
「うるさい」
その時、鷹司が静かに立ち上がった。
「そろそろ時間だ。」
一瞬で空気が変わる。
全員が鷹司を見る。
悟真も立ち上がり、短く告げた。
「城門が開く時間は把握している。遅れれば怪しまれる」
エドワードは全員を見渡した。
「確認するよ」
その声には、普段の軽さはなかった。
「第一班。アンナ、オスカー、エリオット、セドリック、ガブリエル、颯太。正規の搬入業者を装って城内へ入る。」
「はい」
エリオットが穏やかに答える。
「第二班。僕、アルフレッド、アレクシア。城内に入った後、セリオの居場所を探す」
アレクシアが頷く。
「そして、鷹司さんと悟真」
二人を見る。
「外から陽動。必要以上に目立ちすぎないように」
「それは難しい注文だな」
鷹司が静かに言った。
アルフレッドが笑う。
「鷹司おじいちゃん、派手にやりすぎないでよ?」
「美しく済ませる」
「それが一番心配なんだよね」
悟真は一同を見渡した。
「無駄口は終わりだ」
その言葉で、全員が動き出す。
荷車はゆっくりと隠れ家を出た。
遠くに、ヴァレンティア城が見える。
薔薇と水に囲まれた美しい城。
本来ならば、この国の象徴として人々に愛されているはずの場所だった。
しかし今、あの城にセリオがいる。
自由を奪われたまま。
アレクシアは城を見つめ、拳を握った。
「待ってて」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
「今度は、絶対に助ける」
やがて一行は、城へ続く道へと入っていった。
その少し後方で、エドワードがアレクシアの様子を確認していることに、彼女は気づいていた。
「何よ」
「別に」
「見てたでしょ」
「見てない」
「見てた」
「見てない」
「エドワード」
「……見てた」
アレクシアは呆れたように息を吐く。
「ほんと、心配性」
「君に関してだけね」
その言葉に、アレクシアは一瞬だけ黙った。
アルフレッドがすかさず横から口を挟む。
「愛だねぇ〜」
「違う」
エドワードとアレクシアの声が同時に重なった。
アルフレッドは満足そうに笑う。
「息ぴったり」
「うるさい」
今度は二人がまた同時に言った。
しかし、和やかな空気は城門が近づくにつれて消えていった。
巨大な門の前には武装した兵士たちが立っている。
以前とは明らかに警備が増えていた。
アレクシアが小さく呟く。
「……本当に入れるの?」
「入る」
エドワードは短く答えた。
「ここまで来たんだからね」
荷車が城門へ近づく。
兵士が片手を上げた。
「止まれ」
一行の空気が一瞬にして張り詰めた。
そして兵士は、荷車の中身を確認するため、ゆっくりと近づいてきた。




