いい子だ。
作戦が決まると、隠れ家の空気は一変した。
先ほどまでの安堵は消え、それぞれが自分の役割へと動き始める。
エリオットとセドリックは城で使用される食材や納品箱の種類を確認し、オスカーは厨房へ潜入した際に不自然と思われない献立を考え始めた。ガブリエルは荷車の強度を確かめ、颯太は装備を一つずつ点検していく。
その様子を眺めながら、エドワードは壁際に置かれていた古びた木箱を開いた。
中には黒い布に包まれた拳銃やナイフ、ワイヤー、煙幕弾などが整然と並んでいる。
アルフレッドが覗き込み、小さく笑った。
「まだ取ってあったんだ」
「四十五年前に使った道具だよ」
エドワードは懐かしそうにワイヤーを手に取る。
「まさか、またこの国で使うことになるとは思わなかった」
その横で鷹司は静かに刀を抜き、刃を確かめる。
月明かりを受けた刀身が、青白く輝いた。
「……問題ない」
短く言うと、鞘へ納める。
悟真もまた、自らの装備を確認すると腕を組んだ。
「準備は整った」
部屋の隅では、アレクシアが立ち上がろうとしていた。
傷口がまだ痛むのか、小さく顔をしかめる。
それでも歩こうとした瞬間、エドワードがため息をついた。
「座って」
「平気」
「平気じゃない」
「でも……」
「駄目」
即答だった。
アレクシアは口を尖らせる。
「私だけ置いていかれるなんて嫌」
「置いていくつもりはない」
エドワードは真っ直ぐ彼女を見つめる。
「君には別の役目がある」
「役目?」
「全員が戻る場所を守ること。」
エドワードは静かに続ける。
「僕たちは必ずセリオを連れて帰る。その時、迎える人が必要だ」
「……。」
「君が無理をして倒れたら、それこそ全部が無駄になる」
しばらく沈黙が流れた。
やがてアレクシアは俯き、小さく息を吐く。
「……嫌」
即答だった。
「傷はまだ完全には塞がってない」
「それでも行く」
「無茶だ」
「無茶でも」
短いやり取りが続く。
部屋にいた全員が二人を見守っていた。
エドワードはため息をつく。
「君が倒れたら、誰がセリオを支える」
「私」
「……」
「私じゃなきゃ駄目なの」
その一言には、迷いも強がりもなかった。
アレクシアはゆっくりと立ち上がる。
傷口が痛むのか、一瞬だけ表情を歪める。しかし、その足は止まらない。
エドワードの正面まで歩き、真っ直ぐに見つめた。
「私は店長だから行くんじゃない」
静かな声だった。
「セリオを助けたいから行く」
「……」
「私が撃たれた時、一番苦しそうな顔をしてたのはセリオだった」
その光景が脳裏によみがえる。
地下水道の出口。銃声。
そして――
『やめろ!!』
悲痛な叫び。
アレクシアは拳を握り締めた。
「今度は私が助ける番」
部屋は静まり返る。
エドワードは何も言わず、ただアレクシアを見つめ続けた。
その視線は、傷の具合を見極めるようでもあり、覚悟の重さを量るようでもあった。
長い沈黙の末、アルフレッドが苦笑する。
「エド兄」
「……。」
「もう無理だよ」
「分かってる」
エドワードは深く息を吐き、肩を落とした。
「昔から、一度決めたら誰の言うことも聞かない」
アレクシアは少しだけ笑う。
「知ってるなら話は早い」
エドワードは額に手を当て、苦笑を浮かべた。
「本当に困った孫だ。 」
「孫じゃないけど」
「僕の中では孫」
その返事に、部屋の空気が少しだけ和らぐ。
エドワードはゆっくりと顔を上げた。
「……分かった。」
その一言で、全員が息を呑む。
「連れて行く」
アレクシアの表情が明るくなる。
だが、次の瞬間、エドワードの声色が鋭く変わった。
「ただし条件がある」
「条件?」
「絶対に一人で突っ走らない。傷が開いたら、その場で撤退。僕かアルの指示には必ず従う」
「わかった」
その返事を聞き、エドワードは微笑んだ。
「いい子だ」
「子ども扱いしないで」
「二十五歳でも孫は孫」
アルフレッドが肩を揺らして笑う。
「エド兄、その台詞、一生言い続ける気でしょ」
「当然」
部屋に小さな笑いが広がる。
その和やかな空気を破るように、鷹司が窓の外へ目を向けた。
「……来た」
全員の表情が引き締まる。
遠く、ヴァレンティア城の方角から鐘の音が夜空へ響いた。
ゴーン――。
ゴーン――。
エリオットが耳を澄ませる。
「この時間に鐘……?」
鷹司は静かに言った。
「警戒態勢が強化された合図だ」
エドワードはゆっくりと白手袋をはめ直す。
「どうやら、向こうも準備を終えたらしい」
その瞳に宿るのは、静かな闘志だった。
「なら、こちらも始めよう」
決戦の夜が、静かに幕を開けようとしていた。




