「生きてるんだ、私」
岩肌に囲まれた廃墟の隠れ家へ、車が砂煙を巻き上げながら滑り込んだ。
急ブレーキと同時に、エドワードは運転席のドアを乱暴に開ける。
「アレクシア!」
その声に、待機していた全員が一斉に振り返った。
「アレクシア様!」
アンナが駆け寄った瞬間、エドワードの腕に抱えられたアレクシアの姿を見て息を呑む。
服は血で赤く染まり、意識はほとんどない。肩で細く息をしているだけだった。
「そんな……!」
アンナの顔から血の気が引いた。
オスカーも目を見開き、震える声を漏らす。
「ア、アレクシア様…!」
颯太は言葉を失った。
傷口から流れ続ける血が、事態の深刻さを物語っていた。
アルフレッドは普段の笑みを完全に消し、低く言う。
「追っ手は撒いた。でも時間がない」
その場の空気が凍りつく。
エリオットはすぐに上着を脱ぎ、床へ広げた。
「こちらへ寝かせてください」
セドリックも隣へ膝をつく。
「止血を急ぎましょう」
ガブリエルは静かに頷いた。
「水と清潔な布を」
オスカーは返事もせず駆け出していく。
アンナは泣きそうになりながらアレクシアの手を握った。
「アレクシア様…。目を開けてください……」
その手は冷たかった。
颯太は拳を強く握り締める。
胸の奥が締め付けられる。
優弥を失ったあの日の記憶が、一瞬だけ脳裏をよぎった。
(また……守れないのか)
その考えを振り払うように首を横へ振る。
「違う」
小さく呟き、一歩前へ出た。
「俺にできることはありますか」
エリオットは穏やかに頷く。
「ありがとうございます。包帯を」
「はい!」
颯太はすぐに医療箱へ向かった。
その様子を見届けたエドワードは壁にもたれ、静かに目を閉じる。
服にはアレクシアの血がべったりと付着していた。
アルフレッドが横へ並ぶ。
「……エド兄」
返事はない。
しばらくして、エドワードがぽつりと呟いた。
「僕の判断が一歩遅かった」
その声は、誰よりも自分を責める響きを帯びていた。
アルフレッドは珍しく冗談を言わず、肩を軽く叩く。
「まだ終わってない」
「……」
「アレクシアは生きてる。だから諦めるには早いよ」
エドワードは小さく息を吐き、ゆっくりと目を開いた。
その瞳には、先ほどまでの後悔ではなく、冷たい決意が宿っていた。
「……必ず助ける」
その一言だけが、静まり返った隠れ家に重く響いた。
隠れ家に張り詰めていた空気は、誰一人として言葉を発しようとしないほど重かった。
止血を終えたエリオットは、静かにアレクシアの脈を確かめる。
隣ではセドリックが傷口を慎重に処置し、ガブリエルは必要な道具を無言で手渡していた。アンナは祈るように両手を組み、颯太とオスカーも固唾を呑んで見守っている。
長い沈黙が流れた。
やがて、エリオットがふっと肩の力を抜く。
「……大丈夫です」
その一言に、全員が一斉に顔を上げた。
「命に別状はありません」
アンナの瞳から、大粒の涙があふれ落ちる。
「よ、よかったぁ……!」
その場にへたり込み、嗚咽を漏らしながら泣き出した。
オスカーも胸に手を当て、大きく息を吐く。
「本当に……本当に良かったです……」
ガブリエルは静かに天を仰いだ。
「神に感謝いたします」
セドリックも小さく微笑む。
「弾は急所をわずかに外れていました。出血は多かったですが、処置が間に合いました」
颯太は胸の奥に溜まっていた緊張が一気にほどけ、力なく壁へ寄りかかった。
「助かった……」
その頃、エドワードは部屋の隅で腕を組み、黙ったまま立っていた。
エリオットが歩み寄る。
「エドワードさん」
「……」
「もう心配はいりません」
その言葉を聞いた瞬間、エドワードは静かに目を閉じた。
「そうか……」
それだけだった。
しかし、四十五年間付き合いのあるアルフレッドには分かった。
安堵しているのだ。
アルフレッドは口元を緩める。
「いやぁ、あのエド兄があんな顔するなんてね」
「うるさい」
即座に返ってきた短い一言に、アルフレッドは肩をすくめて笑う。
「はいはい」
その時だった。
ベッドの上で眠っていたアレクシアの指先が、かすかに動く。
アンナが真っ先に気づいた。
「アレクシア様!」
ゆっくりとまぶたが開く。
ぼんやりとした黒い瞳が天井を映し、やがて皆の顔を見回した。
「……ここ、は……?」
「アレクシア様!」
アンナが思わず抱きつこうとして、エリオットに優しく止められる。
「まだ安静にしてください」
アレクシアは弱々しく笑った。
「……そっか。生きてるんだ、私」
その言葉に、部屋にいた全員がようやく張り詰めていた緊張から解放される。
しかし次の瞬間、アレクシアは辺りを見回し、不安そうに呟いた。
「……セリオは?」
その場は再び静まり返った。
誰も、すぐには答えられなかった。




