喫茶店ローズ第2章 喫茶店ローズ〜ヴァレンティア王国編20話「孫離れできないおじいちゃん」
アルフレッドは肘でエドワードの脇を軽くつつき、いたずらっぽく笑った。
「ほらほら、孫離れできないおじいちゃん。アレクシアも二十五歳なんだからさ。恋の一つや二つ、応援してあげなよ」
エドワードは無表情のまま、ゆっくりとアルフレッドへ視線を向ける。
「……うるさい」
「図星?」
「違う」
「じゃあ賛成なんだ?」
「それとこれとは話が別だ」
即答だった。
アルフレッドは肩を震わせて笑う。
「いやぁ、分かりやすいなぁ」
エドワードは深いため息をついた。
「相手が誰であろうと、簡単に頷ける話じゃない」
「でも相手はセリオ様よ?」
レティシアが静かに口を挟む。
「人格も能力も申し分ないわ。この国で彼を悪く言う者はほとんどいない」
「それでもだ」
エドワードは腕を組み、淡々と言い切る。
「僕にとっては、王子だろうが英雄だろうが関係ない。アレクシアを泣かせる可能性がある男という一点で、全員同じだ」
その言葉に、アレクシアは少し呆れたように息をつく。
「……過保護」
「当然だ」
「当然じゃないから」
「当然だ」
一歩も譲らない。
アルフレッドは吹き出した。
「ほらね。だから孫離れできないおじいちゃんなんだよ」
「アルフレッド」
「はいはい」
エドワードは弟をじろりと睨むと、小さく鼻を鳴らした。
「……ただ」
その一言で、部屋が静まる。
「アレクシアが自分で選んだ相手なら、最後は本人の意思を尊重する」
アレクシアは少し目を見開いた。
「ただし」
エドワードの蒼い瞳が鋭くなる。
「セリオ本人には、一度じっくり話を聞かせてもらう」
アルフレッドは満面の笑みで拍手した。
「はい決定。未来のお婿さん面接だ」
「誰がそんなこと言った」
「言ってないけど、そういうことでしょ?」
エドワードは頭を押さえ、大きくため息をつく。
レティシアはそのやり取りを見ながら、思わず口元に笑みを浮かべた。
「四十五年経っても、本当に変わらない人たちね」
レティシアの言葉を聞き終えると、部屋は静まり返った。
誰も軽々しく口を開かなかった。
やがてエドワードが壁に掛けられた城の見取り図へ視線を移し、ゆっくりと口を開く。
「だったら、城の中は君に任せる」
「ええ」
「僕たちは外から動く」
レティシアは静かに頷いた。
「その方が互いに疑われない」
アルフレッドは見取り図を眺めながら顎に手を当てる。
「ルクレツィアがセリオを監禁してる場所は?」
「断定はできない」
レティシアは小さく首を振った。
「ただ、ここ数日、北棟への警備だけが異様に厳しくなっている。」
彼女は指先で地図の一角を示した。
「本来なら使われていない客室区域よ」
エドワードの蒼い瞳が細くなる。
「なるほど」
「でも確証はないわ。私が近づけば、それだけで怪しまれる」
「十分だ」
エドワードは短く答えた。
「勘だけど、そこだと思う」
レティシアは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに微笑んだ。
「昔から、その勘だけは外さないものね」
アルフレッドが吹き出す。
「エド兄の勘ってさ、ほぼ反則なんだよね」
「褒めてるのか?」
「もちろん」
そんな軽口を交わしながらも、空気は張り詰めたままだった。
レティシアは机の引き出しを開け、小さな銀色の鍵を取り出す。
「これは北棟の使用人通路の鍵。」
彼女は鍵をエドワードへ差し出した。
「正規の入口は突破できない。でも、この通路なら見張りも少ない」
エドワードは鍵を受け取り、静かに握りしめた。
「助かる」
「ただし、一度使えば閉鎖される可能性が高い。次はないと思って」
「十分だよ」
そのやり取りを見ていたアレクシアは、ふとレティシアへ視線を向けた。
「あなたは大丈夫なの?」
レティシアは少しだけ困ったように笑う。
「私は騎士団長よ。多少疑われても、すぐにはどうにもされないわ」
そう言いながらも、その笑顔の奥には緊張が隠れていた。
もし作戦が失敗すれば、彼女も無事では済まない。
それは誰の目にも明らかだった。
エドワードはその表情を見逃さなかった。
「……無茶はするな」
その一言に、レティシアは少し目を見開く。
四十五年前と変わらない、不器用な気遣い。
思わず口元が緩んだ。
「あなたに言われたくないわ」
そう返す声は、騎士団長ではなく、一人の女性のものだった。




