〜喫茶店ローズ第2章 喫茶店ローズ〜ヴァレンティア王国編17話「エド兄の勘は、昔から妙に当たるんだ」
ヴァレンティア王城を見下ろす小高い丘の上で、車は静かに停まった。
朝日に照らされた王城は、白い石造りの城壁と幾重にも咲き誇る薔薇に囲まれ、まるで一枚の絵画のような美しさを見せている。
その光景を双眼鏡越しに眺めていたエドワードが、不意に口を開いた。
「勘だけど……多分、あそこにいる可能性があるね」
視線の先は、城の中央にそびえる高い塔だった。
アレクシアがその方向へ目を向けると、隣で腕を組んでいたアルフレッドが、意味ありげに笑みを浮かべた。
「あれれぇ? エド兄、その話しないんだ」
エドワードは嫌な予感でもしたのか、ゆっくりと弟へ視線を向ける。
「……アル」
「アレクシア、聞きたい?」
「何を?」
「エド兄が昔、この国で人生最大級にボコボコにされた話」
その一言で、車内の空気が止まった。
アレクシアは目を丸くする。
「エドワードが……?」
信じられなかった。
幼い頃から見てきたエドワードは、冷静沈着で、誰よりも強い存在だった。その彼が、一方的に負けたことがあるなど想像もつかない。
アルフレッドは堪えきれないように笑い始める。
「四十五年前。僕ら、この国へ来た時の話。当時、騎士団長候補だった女の人がいたんだけど、とにかく強かった。僕も強いと思ったけど、エド兄が一対一で勝負したらね」
彼は大げさに両手を広げた。
「見事にボッコボコ。刀は弾き飛ばされるし、投げ飛ばされるし、地面に叩きつけられるし、最後なんて首に剣を突きつけられて、『私の勝ち』って終わり」
アレクシアは思わずエドワードを見る。
「……本当?」
エドワードは数秒黙ったあと、小さく息を吐いた。
「本当だ」
否定はしなかった。
「彼女は強かった」
その一言には、敗北を認める潔さと、相手への敬意が込められていた。
アルフレッドはさらに笑みを深める。
「しかも、それだけじゃない。エド兄とその人。相思相愛だったんだよ」
「えっ……?」
アレクシアは言葉を失った。
普段は女性から好意を向けられても軽く受け流すエドワードに、そんな過去があったとは思いもしなかった。
アルフレッドは面白そうに続ける。
「二人とも素直じゃなくてねぇ。会えば剣を交えて、勝負が終われば一緒にお茶を飲んで、また次に会えば、何事もなかったみたいに戦う。恋人なのかライバルなのか、さっぱり分からなかったよ」
「アル」
エドワードが低い声で制する。
「余計なことまで話さなくていい」
「でも事実じゃん」
「……否定はしない」
静かな返事だった。
アレクシアは驚きながらも、少しだけ笑みを浮かべる。
「その人は、今もこの城にいるの?」
エドワードは再び王城を見つめた。
白い城壁の向こうを見透かすように、静かに目を細める。
「分からない。生きているのか、騎士団長になったのか、それとも別の道を歩んだのか……ただ――」
そこで一度言葉を切る。
「なんとなく、あそこにいる気がする」
アルフレッドは兄の横顔を見て、小さく笑った。
「だから言ったでしょ。エド兄の勘は、昔から妙に当たるんだ」




