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喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第2章〜ヴァレンティア王国編〜
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〜喫茶店ローズ第2章 喫茶店ローズ〜ヴァレンティア王国編16話「潜入」

缶詰を囲んでの質素な夕食が終わる頃には、廃墟の中にもようやく落ち着きが戻っていた。


鍋の底に残った温かなベイクドビーンズをオスカーが丁寧に片づけ、部屋の隅では悟真が壁にもたれたまま静かに目を閉じている。鷹司は腕を組み、誰にも視線を向けず、ただ静かに考え込んでいた。


重苦しい沈黙を破ったのは颯太だった。


「あ、あの……」


遠慮がちな声に、その場にいた全員が顔を上げる。


颯太は皆の表情を見回しながら、小さく息を飲み込んだ。


「どうするんですか……?」


その問いに、エドワードはすぐには答えなかった。

壁にもたれたまま腕を組み、ゆっくりと目を閉じる。

静かな時間が流れる。

やがて彼は、小さく息を吐いた。


「……んー。そうだね」


青い瞳がゆっくりと開く。

その目には、先ほどまでの穏やかな老人の雰囲気はなかった。


「潜入しようか」


その一言に、部屋の空気が止まった。


「……え?」


アレクシアが思わず聞き返す。


「潜入?」

「そう」


エドワードは平然と頷く。


「王城へ」


オスカーの顔がみるみる青ざめていく。


「お、王城ですか……?」

「うん」

「それは、その……非常に危険では……?」

「危険だね」


あまりにもあっさりと言われ、オスカーは返す言葉を失った。

その横でアルフレッドが肩を揺らして笑う。


「久しぶりだねぇ。昔を思い出すよ」


颯太が首を傾げる。


「昔……ですか?」


エドワードは懐かしむように目を細めた。


「四十五年前、この城に潜入したことがある。」

「……え?」


颯太だけでなく、アレクシアやアンナ達まで目を丸くした。


「え、ちょっと待って?何でそんなことしてるの?」


アルフレッドが悪びれる様子もなく笑う。


「仕事だったから。」

「仕事?」

「暗殺と潜入」


さらりと言われた一言に、颯太は固まった。

オスカーは鍋を持ったまま震えている。


「そ、それをそんな普通に……」

「普通じゃないから」


アレクシアが思わず額を押さえた。


「二人とも、その経歴をそんな軽く言わないで」


エドワードは首をかしげる。


「そう?」

「僕らの中では普通だった。」

「だから普通じゃないの!」


アレクシアの鋭いツッコミに、アルフレッドは声を上げて笑った。


「ははっ、ごめんごめん」


その様子を見ていた鷹司が静かに口を開く。


「四十五年前とは違う」


部屋の空気が再び引き締まる。


「警備も構造も変わっている」

「表はね」


エドワードは即座に返した。


「でも、地下はそう簡単には変わらない」

「地下?」


颯太が身を乗り出す。


エドワードは床へ視線を落とし、指先で簡単な地図を描き始めた。


「王城の地下には古い水路がある。今は使われていないことになっているけど、完全には埋められていないはずだ。」


アルフレッドも隣にしゃがみ込む。


「昔はそこから出入りしたんだ。」

「見張りも少なかったしね。」


悟真が静かに目を開く。


「今も使える保証はないでござる」

「もちろん」


エドワードは頷いた。


「だからまず偵察する。セリオが本当に城へ戻されたのか。それを確かめる。」


アレクシアはゆっくりと息を吐いた。


「つまり、助けに行く前に情報を集めるってことね」

「そういうこと」


エドワードは穏やかに微笑む。


「焦ると失敗する。まずは状況を知る。」


その言葉には、数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ重みがあった。

静まり返った部屋で、誰も異論を口にしない。

やがてアルフレッドが立ち上がり、軽く手を叩いた。


「よし。久々の潜入作戦だ。」


口元には、少年のような笑みが浮かんでいる。

それとは対照的に、エドワードは静かに立ち上がり、窓の外へ視線を向けた。

夜の闇の向こうには、ヴァレンティア王城が静かにそびえ立っている。

その城のどこかに、セリオは囚われている。


「必ず連れ戻す」


誰に聞かせるでもなく呟いたその言葉は、夜の静寂へと静かに溶けていった。


廃墟の一室は静まり返っていた。


古びた窓から差し込む夕陽が床を赤く染め、缶詰を温めた鍋からは、まだかすかに湯気が立ち上っている。


誰もが、次に何をすべきかを考えていた。


その沈黙を破ったのは、エドワードだった。


「さてと」


静かな声に、全員の視線が集まる。

エドワードはゆっくりと立ち上がり、部屋を見渡した。


「潜入する人数は少ない方がいい」


穏やかな口調だったが、その言葉には迷いがない。


「動くのは三人だけだ」


一拍置いて、自分の胸に手を当てる。


「僕」


続いて隣に立つ弟へ目を向けた。


「アル」

「はーい」


アルフレッドはいつもの軽い調子で手を挙げる。

最後に、アレクシアを見つめた。


「そして、アレクシア」


部屋の空気がわずかに張りつめた。

颯太は思わず身を乗り出す。


「え……じゃあ、俺たちは?」

「ここで待機」


エドワードは即座に答えた。


「城へ行くのは僕たち三人だけ」

「でも……」


颯太は言葉を詰まらせる。


「俺も戦えます」


その声には、自分も力になりたいという強い意志が滲んでいた。

エドワードは小さく微笑む。


「もちろん知ってる。君が戦えることも、覚悟を決めていることも。」


その言葉だけで、颯太は何も言えなくなった。


エドワードは静かに続ける。


「だけど潜入は戦闘とは違う。人数が増えれば、それだけ見つかる危険も増える。守る相手も増える。今回は戦うことが目的じゃない。目的は、セリオの居場所を突き止め、無事を確認すること」


その声は穏やかだったが、長年修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ確信に満ちていた。


アルフレッドが肩をすくめる。


「昔から潜入は少人数って決まってるんだよ」

「気配を消して、見つからずに入り、見つからずに帰る」


「派手に暴れるのは最後の最後」


悟真は腕を組んだまま短く頷いた。


「理にかなっている」


その隣で鷹司も静かに口を開く。


「城は敵の庭だ。人数は少ないほど動きやすい」


オスカーがおずおずと手を挙げた。


「あ、あの……でしたら僕も厨房へ紛れ込めるかもしれません……」

「だめ」


答えたのはアレクシアだった。

迷いのない一言に、オスカーは肩を震わせる。


「オスカーはここに残って。私たちが戻るまで、みんなをお願い。食事も、怪我をした時も、あなたが必要だから」


オスカーはしばらく俯いていたが、やがて小さく頷いた。


「……分かりました」


エドワードは満足そうに微笑むと、再びアレクシアへ視線を向けた。


「君は無理に来る必要はない。危険だ」


部屋の空気が静かに止まる。

しかしアレクシアは、迷うことなく首を横に振った。


「行く」


短い返事だった。

その瞳には揺るぎない決意が宿っている。


「セリオを放っておけない」


その一言に、アルフレッドはエドワードと顔を見合わせ、苦笑した。


「ほらね。言った通り」


エドワードは小さく肩をすくめる。


「まったく」


呆れたように笑いながらも、その表情にはどこか安堵があった。


「それじゃ決まりだ」


燕尾服の袖を整えながら、エドワードが静かに告げる。


「潜入するのは、僕、アル、アレクシアの三人。それ以外はここで待機。僕たちが戻るまで、誰一人ここを動かないこと。」


部屋にいた全員が、それぞれの思いを胸に頷いた。

やがて静寂が戻る。

その静けさの中、エドワードは窓の外にそびえるヴァレンティア王城を見つめた。

夕闇に染まり始めた城は、まるで三人を拒むかのよう重く静まり返っていた。

それでも彼らは進む。

王子を救い出すために。

そして、この国の闇の真実へと踏み込むために。

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