BAKED BEANS
崩れた石門をくぐると、ひんやりとした空気が一行を包み込んだ。
外から見れば荒れ果てた廃墟だったが、中は意外にも整えられている。崩れた壁は補強され、雨風をしのげる空間には簡素な机や椅子、生活用品が置かれていた。誰かが長く使い続けていることが一目で分かる。
アンナは思わず辺りを見回した。
「外からは想像もできません…」
「秘密基地みたいですね」
颯太も静かに呟く。
その時だった。
部屋の奥から、落ち着いた低い声が聞こえてきた。
「……来たか」
声の主は、黒の着流しにロングコートを羽織った老人だった。
銀と黒が混じった髪を後ろで緩く束ね、琥珀色の瞳が静かに一行を見つめている。
その隣には、修行僧の装束をまとったスキンヘッドの男が腕を組んで立っていた。
整った顔立ちに無駄のない体つき。
何もしていないにもかかわらず、その場の空気だけが張り詰める。
アレクシアは驚いたように目を見開く。
「鷹司さん!?悟真まで……!ってか、悟真!あんた先に行ってわけ?」
「野暮用でござる」
次の瞬間、アルフレッドがぱっと表情を明るくした。
「やぁー! 鷹司おじいちゃーん! 来たんだねー!」
そう言って子どものように大きく手を振る。
鷹司は小さく息をつきながらも、わずかに口元を緩めた。
「相変わらず騒がしいな、お前は」
「えへへ」
「褒めてない」
淡々と返されても、アルフレッドはまったく気にしていない。
その横でエドワードも静かに歩み寄る。
「やあ」
「ああ」
短い挨拶。
それだけで十分だった。
似た者同士だからこその距離感がそこにはあった。
一方、悟真は一行を静かに見渡すと、小さく頷く。
「無事だったか」
「まあね」
アレクシアが答える。
「追っ手に襲われたけど」
悟真は眉一つ動かさない。
「知っている」
その一言に、一同が顔を上げた。
「知ってるって……。」
颯太が思わず聞き返す。
悟真は壁際へ立てかけてあった杖を手に取り、静かに答えた。
「街へ入る前から見ていた」
「……え?」
アンナが驚く。
「助けなかったんですか?」
「必要なかった」
あまりにもあっさりとした返事だった。
「エドワードとアルフレッドがいる。拙者が出る理由はない」
エドワードは苦笑する。
「相変わらずだね」
「無駄なことはしない」
悟真はそれだけ言うと、それ以上説明することはなかった。
鷹司はゆっくりとアレクシアへ視線を向ける。
「それで」
「何に巻き込まれた」
その声は静かだったが、不思議と逃げ場のない重みがあった。
アレクシアは一度息を整える。
そして、ヴァレンティア王国へ到着してから起きた出来事を、一つずつ語り始めた。
街へ入る前に出会った青年。
追われていたこと、彼を助けたこと。
ホテルで刺客に襲われたこと。
逃走したこと。
そして――青年が「セリオ」と名乗ったこと。
話が終わる頃には、部屋は静まり返っている。
鷹司はしばらく黙っていたが、やがて静かに目を閉じる。
「……そうか」
短い一言だった。
しかし、その声音にはわずかな緊張が滲んでいた。
隣にいたエドワードも、珍しく表情を引き締める。
アルフレッドも笑みを消し、腕を組んだ。
悟真だけは窓の外へ視線を向けたまま、小さく呟く。
「思っていたより……面倒なことになったな」
廃墟の中に、重苦しい沈黙がゆっくりと広がっていった。
廃墟の中は、重い沈黙に包まれていた。
誰もがセリオという青年のこと、そしてヴァレンティア王国で渦巻く陰謀について考えていた。
その空気を破ったのは、意外にもエドワードだった。
「……ねぇ」
全員の視線が集まる。
エドワードは普段と変わらない穏やかな表情で口を開いた。
「食べ物ない?僕ら何も食べてないからさ。」
一瞬、部屋の空気が止まる。
アレクシアが呆れたように額へ手を当てた。
「今それ言う?」
「言うよ」
エドワードは平然としている。
「腹が減ると頭が回らない」
アルフレッドもすぐに頷いた。
「それそれ」
「逃げっぱなしだったしね」
アンナもお腹を押さえ、小さく苦笑した。
「そういえば……私もお腹空いてきました」
颯太も照れくさそうに笑う。
「俺もです」
オスカーは申し訳なさそうに俯いた。
「料理ができればよかったんですが……」
その時だった。
何も言わずに立っていた悟真が、部屋の隅へ歩いていく。
積み重ねられた木箱を一つ開けると、中から銀色の缶詰を無造作に取り出した。
そして――
「ほれ」
ヒュッ。
何の前触れもなく、缶詰が一直線に飛んできた。
「っと」
エドワードは片手で軽々と受け止める。
手の中に収まった缶を見下ろく。
ラベルには大きく書かれていた。
『BAKED BEANS』
エドワードは数秒黙ったまま缶を見つめる。
「……ベイクドビーンズ」
悟真は腕を組んだ。
「食える」
「いや、食べられるのは知ってるi
エドワードは苦笑する。
「他には?」
悟真は少し考える素振りを見せると、再び木箱を覗き込む。
数秒後。
また一缶取り出し、そのまま投げた。
ヒュン。
アルフレッドが受け取る。
「おっ」
ラベルを見る。
「……これもベイクドビーンズ」
「大量にある」
悟真は真顔だった。
「修行中、便利」
部屋が静まり返る。
アルフレッドが木箱の中を覗き込む。
「え?全部ベイクドビーンズじゃん」
「全部だ」
悟真は何事もないように答える。
アンナが恐る恐る木箱を覗く。
「本当に全部です…」
積み上げられた缶。
右も左も、奥も手前も。
見える限り、すべてベイクドビーンズだった。
アレクシアが思わず吹き出す。
「なんでこんなにあるのよ」
悟真は首をかしげる。
「安かった」
「その理由でここまで買う?」
颯太も思わず苦笑する。
鷹司はその光景を眺めながら、小さく息を吐いた。
悟真は静かに頷く。
「拙者は好きだ」
エドワードは缶を軽く振りながら笑った。
「まぁ、食べられるだけありがたいか」
アルフレッドも肩をすくめる。
「今日は全員、ベイクドビーンズ祭りだね」




