〜喫茶店ローズ第2章 喫茶店ローズ〜ヴァレンティア王国編12話「いやー、懐かしいねー」
オスカーは街外れの林道を慎重に走り続けていた。
窓の外には街明かりもほとんどなく、月明かりだけが木々の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。車内にはエンジン音だけが静かに響き、先ほどまでの逃走劇が嘘のような静けさが戻っていた。
「……追ってきていません」
バックミラーを確認しながら、オスカーが小さく告げる。
その言葉にも、エドワードは首を横に振った。
「そのまま走って」
「どちらへ向かえばよろしいでしょうか…?」
「もう少し先だ」
短い返事だった。
目的地を知っているような口ぶりに、アレクシアが助手席から振り返る。
「まさか…。この国に来たことがあるの?」
エドワードは窓の外を眺めたまま、小さく笑う。
「昔ね」
その隣でアルフレッドも肩をすくめた。
「ずいぶん昔だけど」
「昔って……どれくらいですか?」
アンナが首をかしげる。
「君が生まれる、もっともっと前」
アルフレッドは意味深に笑ったが、それ以上は何も語らなかった。
やがて舗装された道は途切れ、車は草木の生い茂る細い獣道へと入っていく。
枝が車体をかすめる音が続き、誰も口を開かなくなった。
十分ほど進んだ頃だった。
木々が途切れ、視界が開ける。
そこには、月明かりに照らされた巨大な廃墟が静かに佇んでいた。
崩れた石壁、割れた窓、半ば崩落した塔。
かつては壮麗だったであろう建物は、長い年月の中で風雨にさらされ、蔦や草花に覆われている。
「ここは……」
颯太が思わず息を呑んだ。
オスカーもゆっくりと車を停める。
エンジンが止まり、辺りは虫の鳴き声だけが聞こえる静寂に包まれた。
エドワードは車を降りると、大きく伸びをした。
そして廃墟を見上げながら、どこか懐かしそうに目を細める。
「いやー、懐かしいねー」
その声には、先ほどまでの緊張は微塵もなかった。
続いて降りてきたアルフレッドも、崩れた建物を見渡して笑う。
「ねー」
まるで昔の友人と再会したかのような、気楽な口調だった。
「全然変わってないじゃん」
「いや、結構崩れたよ」
「確かに」
二人は顔を見合わせ、くすりと笑う。
その様子を見たアレクシアは呆れたようにため息をついた。
「……どうしてそんなに楽しそうなのよ」
エドワードは振り返る。
「ここね、昔の僕たちの隠れ家」
「隠れ家?」
アンナが目を丸くする。
アルフレッドは崩れた石門を軽く叩いた。
「若い頃、この辺で仕事してた時によく使ってたんだ」
「仕事って……」
颯太が問い返そうとした瞬間、アレクシアが苦笑いを浮かべた。
「聞かない方がいいわよ。どうせ、殺しでしょ」
「そ、そうですね……」
オスカーも苦笑しながら頷く。
エドワードは廃墟の奥へ視線を向けると、静かに歩き出した。
「中へ行こう」
「意外と安全だから」
アルフレッドも後に続き、軽く手を振る。
「昔、いろいろ改造したからね。」
その一言に、一同は顔を見合わせる。
「……改造?」
嫌な予感しかしない。
そんな空気をよそに、双子は昔を思い出すように笑いながら、静かな廃墟の奥へと足を踏み入れていった。




