〜喫茶店ローズ第2章 喫茶店ローズ〜ヴァレンティア王国編9話「勝手なんだから……」
支配人に案内され、一行は大理石が敷き詰められたロビーへ足を踏み入れた。
高い天井には大きなシャンデリアが吊り下げられ、窓際には色とりどりの薔薇が生けられている。中央の噴水から流れる水音が静かに響き、旅の疲れを忘れさせるような落ち着いた空間だった。
「お部屋は三階をご用意しております」
支配人は笑みを絶やさず、人数分の鍵を並べる。
「ご夕食は一階レストランにて午後六時から。朝食は午前六時半よりご利用いただけます」
「ありがとうございます」
セドリックが丁寧に礼を述べると、支配人は深く一礼し、別の客の対応へ向かった。
アンナは辺りを見回しながら、小さく息を漏らした。
「すごい……。喫茶店じゃ見たことないくらい大きなロビーです」
「緊張するな」
颯太も少し落ち着かない様子で周囲を見渡す。
その一方、アルフレッドは壁に飾られた絵画を眺めながら感心したように口笛を吹いた。
「高そうだねぇ」
「値段を考える前に触るな」
エドワードが即座に釘を刺す。
「分かってるよ」
そう答えながらも、アルフレッドの手は絵画の額縁へ伸びかけていた。
「分かってない」
エドワードはため息をついた。
その様子にアンナが小さく笑う。
旅先でも、この二人は変わらない。
そんな何気ないやり取りが、少しだけ重かった空気を和らげていた。
部屋へ荷物を置き、一息ついた頃には、外はすっかり夜になっていた。
アレクシアは一人、部屋のバルコニーへ出る。
夜風が赤紫の髪を揺らし、運河には街灯の明かりが帯のように映り込んでいた。
遠くでは楽団の演奏が聞こえ、人々の笑い声が夜の街へ溶けていく。
平和そのものの景色だった。
「……。」
それでも心は晴れない。
脳裏に浮かぶのは、去り際のセリオの笑顔だけだった。
『これ以上、君たちを巻き込みたくないから。』
あの言葉が何度も胸の中で繰り返される。
「勝手なんだから……」
小さく呟いた、その時だった。
コンコン。
控えめなノックが響く。
「アレクシアさん」
エリオットの声だった。
扉を開けると、彼は湯気の立つティーカップを盆に載せて立っていた。
「少し眠れそうにありませんでしたので」
「……顔に出てた?」
「ええ」
エリオットは優しく微笑む。
「温かいハーブティーです。気持ちが落ち着きますよ」
アレクシアはカップを受け取った。
立ちのぼる香りは柔らかく、自然と肩の力が抜ける。
「ありがとう」
「皆さん、レストランへ向かわれています」
エリオットは穏やかな口調で続けた。
「ご一緒になさいますか」
アレクシアは窓の外をもう一度だけ見つめる。
そして静かに頷いた。
「うん」
二人は並んで部屋を後にする。
しかし、その頃――。
ヴァレンティア王城の最上階にある一室では、セリオが静かに窓の外を見つめていた。
豪華な部屋だった。
だが、重厚な扉の外には武装した兵士が立ち、窓も外へ出られないよう厳重に管理されている。
それは客室ではなく、事実上の監禁だった。
セリオは夜空に浮かぶ月を見上げ、小さく目を閉じる。
「……無事だといい」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分かっていた。
浮かぶのは、赤紫の髪を揺らしながら、自分を真っ直ぐ見つめていた一人の女性の姿。
その頃、王城の別室では、ルクレツィアが部下から新たな報告を受けていた。
「ルクレツィア様」
「何かしら」
「例の旅人たちの滞在先が判明しました」
ルクレツィアは静かに紅茶を口へ運ぶ。
「ホテル・ローズガーデンです」
その名を聞いた彼女は、ゆっくりとカップを置いた。
「そう」
口元に、意味深な笑みが浮かぶ。
「ようやく、動けるわね」




