〜喫茶店ローズ第2章 喫茶店ローズ〜ヴァレンティア王国編8話「ようこそ。ヴァレンティア王国へ」
今回ちょっと短いです。
城壁の上を渡る風が、深紅のドレスの裾をゆるやかに揺らした。
女は真鍮製の望遠鏡を静かに下ろす。
遠ざかっていく一団の姿はもう小さくなっていたが、その表情だけは鮮明に記憶に焼き付いていた。
「……面白い旅人たちが来たものね」
その声には、楽しげな響きと冷たい計算高さが同居していた。
女――ルクレツィア・デ・モンフォール伯爵は、ゆっくりと踵を返す。
城壁の奥では、黒い礼服に身を包んだ部下たちが整列して待機していた。
「ご報告いたします」
一人の男が膝をつく。
「対象は確保しました」
「そう」
ルクレツィアは感情を見せないまま頷く。
「怪我は?」
「はい、額に軽い傷が。ですが、そこまで目立つものではないとのことで、それに抵抗もありませんでした」
「……あの子らしいわ」
彼女は窓の向こうにそびえる王城へ視線を向けた。
夕日に照らされた白亜の城は、美しい薔薇園と運河に囲まれ、この国の繁栄を象徴している。
しかし、その美しさとは裏腹に、王宮の内部は静かに腐り始めていた。
「では例の旅人たちは?」
別の部下が口を開く。
「追跡はいたしませんでした」
「なぜ?」
「はっ!『彼らには手を出すな』と」
その言葉を聞き、ルクレツィアは小さく目を細めた。
「優しいこと」
まるで子どもを見守るような口調だった。
「昔から、自分さえ犠牲になれば誰も傷つかないと思い込む癖がある」
彼女は静かに微笑む。
「本当に困った人」
だが、その笑みは次の瞬間、鋭く変わった。
「……けれど」
望遠鏡越しに見た赤紫の髪の女性を思い浮かべる。
セリオが車の中で咄嗟に抱き寄せた女性。
そして、彼女を見つめるセリオの目。
「あの子が、他人にあんな顔をするなんて」
ほんのわずかだった。
それでもルクレツィアは見逃さなかった。
一人の男として誰かを見つめる視線を。
「名前は?」
「現在調査中です」
「急ぎなさい」
部下は深く頭を下げる。
「はっ」
ルクレツィアは再び城壁の外へ目を向けた。
旅人たちの姿はもう見えない。
だが、不思議と胸騒ぎがしていた。
「ただの旅行者……とは思えないわね」
そう呟くと、彼女は扇子を静かに開く。
薔薇の刺繍が施された黒い扇子が、口元だけを隠した。
「歓迎しましょう」
細く笑う。
「ようこそ。ヴァレンティア王国へ」




