↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第2章〜ヴァレンティア王国編〜
PR
58/129

〜喫茶店ローズ第2章 喫茶店ローズ〜ヴァレンティア王国編「いい子だ」

追っ手の車列は、砂煙だけを残して地平線の向こうへ消えていった。


静寂が戻る。


先ほどまで鳴り響いていたエンジン音が嘘のように途絶え、辺りには風が草を揺らす音だけが残っていた。


アレクシアは、その方向をじっと見つめたまま動かなかった。


胸の奥がざわつく。


出会ってから、ほんのわずかな時間しか経っていない。それなのに、最後に見たセリオの背中が頭から離れなかった。


「……なによ。」


ぽつりと呟く。


「勝手に全部抱え込んで。」


彼は笑っていた。


「巻き込みたくない」と言いながら、自分だけが危険へ向かっていった。


あの穏やかな笑顔を思い出すほど、胸が締め付けられる。


「……馬鹿。本当に馬鹿…」


風に溶けるような小さな声だった。


その様子を静かに見つめていたエドワードは、小さく息をついた。


焦る気持ちは理解できる。


だが、感情だけで動けば、状況はさらに悪くなるだけだ。


「アレクシア」


穏やかな声が静寂を破る。


彼女はゆっくりと振り返った。


エドワードはいつものように落ち着いた表情で立っていた。


「それより、今は宿を探そうか」


その言葉に、アレクシアは目を見開く。


「……エドワード?」


「ここで立ち止まっていても、状況は何も変わらない」


エドワードの声は静かだったが、その一言一言には確かな重みがあった。


「今の僕たちは、この国について何も知らない。敵が何者なのか、どこに拠点があるのか、味方になってくれる者がいるのか、それすら分からない。」


セドリックが静かに頷く。


「まずは身を落ち着ける場所が必要ですね。情報も集めなければなりません。」


「ええ」


エリオットも柔らかく続けた。


「旅人としてこの国へ入った以上、不自然な行動は避けるべきでしょう。」


ガブリエルは腕を組み、城壁の向こうを見つめた。


「焦るお気持ちは理解できます。しかし、助けるためには冷静さも必要です。」


アルフレッドは肩をすくめながら苦笑する。


「せっかくの旅行なのに、初日から王子様の逃走劇とはね。なかなか刺激的な歓迎だ」


その軽口に、少しだけ空気が和らぐ。


オスカーは車体を確認しながら、小さく安堵の息を漏らした。


「……車は問題ありません。このまま街まで走れます」


颯太はなおも道路の先を見つめていた。


「でも、本当に今は…あの人を助けなくていいんですか?」


その問いに、誰もすぐには答えなかった。


やがてエドワードが静かに口を開く。


「助けるよ」


短く、はっきりと言い切る。


その場の全員が彼を見た。


「だが、それは今ではない」


蒼い瞳が細くなる。


「敵の規模も、目的も、勢力も分からないまま飛び込めば、それは救出ではなく無謀だ」


彼は静かに白手袋の指先を整えた。


「準備を整え、情報を集め、確実に助け出す。そのためにも、今日は宿を確保する」


アレクシアは黙ってエドワードを見つめていた。


幼い頃から何度も見てきた祖父の表情だった。


穏やかで、冷静で、そして一度決めたことは必ず実行する男の顔。


その姿を見るうちに、高ぶっていた感情が少しずつ落ち着いていく。


やがて彼女は小さく息を吐き、静かに頷いた。


「……分かった」


その返事を聞いたエドワードは、満足そうに微笑む。


「いい子だ」


そう言うと、彼はヴァレンティア王国の巨大な城壁へ視線を向けた。


白い石造りの城壁の向こうには、「薔薇と水の国」と呼ばれる美しい王都が広がっている。


旅はまだ始まったばかりだった。


しかし、その旅はすでに、一人の青年の運命と深く交わり始めていたことを、この時の彼らはまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。