喫茶店ローズ2章〜ヴァレンティア王国編〜
昼下がりの喫茶店「ローズ」には、珈琲の香りとゴードン・マクレーンの大声が広がっていた。
「だからよぉ! 俺は最初から言ってたんだ! あの商会の動きは怪しいってな!」
「旦那様、声が大きすぎます」
ルシアンが淡々と注意するが、ゴードンは意に介さない。
「景気のいい話はデカい声で話すもんだろ!」
カウンターの奥でカップを磨いていたアレクシアが、うんざりしたように視線を向けた。
「だったら外でやって」
「冷たいねぇ!」
アンナが苦笑しながら紅茶を運ぶ。
その時だった。
カラン、と扉のベルが鳴る。
店内の空気がわずかに揺れた。
入ってきたのは、見覚えのない青年だった。
黒髪を軽く流した長身の男。
深い青の瞳は静かな海みたいに落ち着いていて、立っているだけで妙に目を引く。服装は上質だが嫌味がなく、育ちの良さだけが自然に滲んでいた。
青年は店内を見回し、カウンターのアレクシアを見つける。
そして、ふっと優しく笑った。
「アレクシア、久しぶり」
その声に、アレクシアがわずかに目を見開く。
「……セリオ?」
「久しぶり。元気そうで安心した」
自然だった。
まるで昨日も会っていたみたいな距離感。
ゴードンの動きが止まる。
「……は?」
セリオはゆっくり店内へ入り、アレクシアの前まで歩いていく。
「急に来て悪かったかな」
「別に。客なら歓迎するわ」
「よかった」
柔らかく笑う。
その爽やかさが、逆に腹立たしかった。
ゴードンが勢いよく立ち上がる。
「待て待て待て!!」
店内の客がびくっと肩を揺らした。
「誰だよこのイケメン!!」
アレクシアが露骨に嫌そうな顔をする。
「うるさい」
「気になるだろ普通!? なんでそんな自然に喋ってんだよ!」
セリオは少し困ったように笑う。
「知り合いだから……?」
「疑問形で返すな!」
ゴードンはアンナへ振り向いた。
「アンナちゃん! 説明!」
「えぇっ!? わ、私ですか!?」
「他に誰がいんだよ!」
アンナは困ったようにアレクシアを見る。
しかしアレクシアは完全に面倒臭そうに視線を逸らした。
つまり「自分でやれ」ということだった。
アンナは小さく咳払いする。
「えっと……セリオ様とは、三ヶ月前に旅行先で出会ったんです」
「旅行?」
ゴードンが眉をひそめる。
「はい。アレクシア様達と一緒にヴァレンティア王国に行った時に」
セリオが懐かしそうに目を細めた。
「あの時は驚いたな。まさか、あんな騒動に巻き込まれるとは思わなかった」
「騒動?」
ゴードンが食いつく。
アンナは頷いた。
「その時ですね――」
アレクシアは小さくため息をつきながら、静かにブラックコーヒーをカップへ注いだ。
「……長くなるわよ」




