喫茶店ローズ番外編「どこから拾ってきたの?」
午後の喫茶店「ローズ」は、珍しく静かだった。
食器の触れ合う小さな音と、珈琲を落とす湯の音だけが店内を満たしている。
アレクシアはカウンター奥で帳簿を閉じ、視線だけを上げた。
入り口のそばに、見慣れた大きな背中がある。
悟真が、無言で立っていた。
そしてその足元には、見慣れないものが置かれていた。
木箱だった。
両手で抱えるほどの大きさ。古びた金具が打たれ、表面には擦れた跡が無数にある。どこか湿った土の匂いまでした。
アレクシアは数秒それを見つめ、それから深く息を吐いた。
「……ねぇ、どこで拾ったのよ」
いつもの声色だった。柔らかく、しかし棘を隠していない声音。
悟真は腕を組んだまま答える。
「山中にて」
「雑すぎる説明ありがとう」
「谷を越え、岩場を抜け、古き祠の脇にて発見した」
「急に情報量増やさないで」
アレクシアはカウンターから出てきて、木箱の周りを一周した。
鍵穴はあるが鍵はない。蓋は閉じられている。
「開けたの?」
「否」
「なんで持って帰ってきたのよ」
「気配があった」
「その答えで納得する人、ここにいないから」
悟真は黙る。
いつものことだった。説明する気がないのか、説明しているつもりなのか分からない。
アレクシアは木箱を軽く蹴った。ずしりと重い音がする。
「中身、確認してないのに店に持ち込んだの?」
「問題あるまい」
「大ありよ。虫だったらどうするの。腐った何かだったら? 呪われた人形だったら?」
「その時はその時」
「店長の前で一番言っちゃいけない台詞ね」
彼女はこめかみを押さえた。
厨房の奥からオスカーがそっと様子をうかがっていたが、口を挟まない。こういう時に巻き込まれると面倒だと知っているからだ。
アレクシアはしゃがみ込み、箱の金具を観察した。
「……でも、これ古いわね。本当に山にあったの?」
「拙者が虚言を申すと?」
「あなたの場合、事実でも説明不足で信用が落ちるの」
一拍置いて、彼女は立ち上がる。
「工具持ってきて」
悟真はすぐ横の袋からバールを取り出した。
アレクシアの眉がぴくりと動く。
「用意周到なの腹立つわね」
受け取ったバールで金具を外し、蓋をゆっくり持ち上げる。
中には――
古びた陶器のカップが、一客だけ入っていた。
ひび一つない、深い藍色のカップ。側面には薔薇の模様が描かれている。
店内が静まり返った。
アレクシアはそれを慎重に持ち上げ、光に透かした。
薄い。だが丈夫そうだ。作りもいい。
「……これ、かなりいい品じゃない」
「左様か」
「価値が分からないのに持ってきたの?」
「形がよかった」
「感覚だけで骨董拾ってくるのやめて」
けれど彼女の口元には、わずかに笑みが浮かんでいた。
カップを棚の上に置き、振り返る。
「今回は当たりね。店で使うかは私が決めるけど」
「任せる」
「あと次から、拾い物は店に入れる前に報告」
「善処する」
「やる気ない返事ね」
悟真はもう興味を失ったように窓際の席へ向かい、座禅でも組みそうな姿勢で椅子に座った。
アレクシアは棚のカップを見上げ、小さく呟く。
「……まったく。なんで変なものばっかり拾ってくるのよ」
その声は、少しだけ楽しそうだった。




