↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
【番外編】
PR
49/129

喫茶店ローズ番外編「こんな時しか会えないから」

潮の匂いが、風に乗ってくる。


ロウは車から降りた瞬間、わずかに視線を上げた。


海。

広い。

遠くまで続く水平線。


隣でジンドウが、軽く肩を回す。


「……久しぶりだな」


短く呟く声は、いつもより少しだけ緩んでいた。


ロウは何も言わない。


ただ、周囲を一通り確認する。


古びた家。

網。

干された魚。

生活の匂いが、濃い。


その時——


「おおおおお!!」


大声。


地面が揺れたような錯覚。


振り向く。


そこにいたのは——


でかい。


とにかく、でかい。


丸太みたいな腕。

日焼けした肌。

白髪混じりの髪と髭。

そして、満面の笑み。


まさに“クマ”。


「ジンドウ!!帰ってきたかァ!!」


祖父だった。


ジンドウは一瞬、顔をしかめてから、


「うるせえよ、じいさん」


と返す。


だが、声はどこか柔らかい。


祖父は気にした様子もなく、どしどしと近づいてくる。


そして——


ロウの前で止まった。


じっと見る。


数秒。


その大きな目が、ぐっと細くなる。


「……お前も来たか」


低く、しかし優しい声。


ロウはわずかに視線を動かす。


覚えている。


この人間は——


「相変わらずでかいなァ」


祖父は豪快に笑う。


そして、何の遠慮もなく——


ロウの頭を、ぐしゃっと撫でた。


ジンドウが眉をひそめる。


「おい、やめろ」


だが祖父は気にしない。


「いいだろ別に!昔からこうだ!」


ロウは——動かない。


抵抗もしない。


ただ、受け入れている。


その様子を見て、祖父は満足そうにうなずいた。


「変わってねえな」


ぽつりと。


その一言に、妙な重みがあった。


⸻


家の中。


木の匂い。

少し古いが、手入れは行き届いている。


ロウは靴を脱ぎ、静かに上がる。


その動作を見て、祖父が笑う。


「ちゃんと覚えてるじゃねえか」


ロウは返さない。


だが、わずかに動きが止まる。


昔、教えられた。


この家での“普通”を。


「ほら座れ座れ!」


祖父はどかっと座り、二人を手招きする。


テーブルには、すでに料理が並んでいた。


魚。

汁物。

素朴だが、力強い。


ジンドウが座りながら言う。


「相変わらず多いな」


「足りねえよりいいだろ!」


即答。


ロウは静かに座る。


視線が、料理に落ちる。


そして——


ほんのわずかに、止まる。


祖父はそれを見逃さない。


「食え」


短く言う。


「遠慮すんな」


その言葉は、昔と同じだった。


ロウの手が動く。


箸を取る。


一口。


ゆっくり噛む。


味が、広がる。


その瞬間——


ほんのわずかに、


ロウの動きが止まった。


記憶が、引きずり出される。


まだ小さかった頃。

この家。

この味。


言葉は出ない。


だが——


もう一口、食べる。


祖父はそれを見て、満足そうに笑った。


「うまいか」


ロウは答えない。


代わりに、


ほんのわずかに、うなずいた。


それで十分だった。


⸻


夜。


波の音だけが聞こえる。


外の縁側。


ジンドウが座っている。


隣に、ロウ。


沈黙。


だが、気まずさはない。


しばらくして、ジンドウがぽつりと言う。


「……覚えてたか」


ロウは少しだけ視線を動かす。


答えない。


だが、その沈黙は否定ではない。


ジンドウは小さく笑う。


「だよな」


少し間。


「じいさん、ああ見えて全部覚えてるからな」


ロウは、家の方を見る。


明かりが、温かい。


「お前のことも」


短く続ける。


「普通に“家族”だと思ってる」


ロウの視線が、わずかに止まる。


波の音が、少し強くなる。


言葉はない。


だが——


ロウは、そこから動かなかった。


⸻


その夜。


祖父は寝る前に、ぽつりと呟いた。


「……帰ってきたな」


誰に向けたわけでもない。


だがその声は、確かに満ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。