喫茶店ローズ番外編「夏芽」
番外編——王城警護任務。
ルミナリア王国、王城内。
広間は静かだった。
重厚な空気。磨かれた床。
衛兵たちが一定の間隔で配置されている。
その中に——
ひとつだけ、異質な静けさがあった。
夏芽。
壁際に立つ。
刀は鞘に収めたまま。
視線は低く、だが広く全体を捉えている。
「夏芽さん」
近くの衛兵が小声で話しかける。
「少し固いですよ、ここはもう安全——」
「いえ」
柔らかい声。
だが、言葉は短い。
「まだ、です」
その瞬間。
空気が、わずかに歪んだ。
夏芽の視線が、ひとつの影を捉える。
柱の裏。
ほんのわずかな違和感。
——人の呼吸。
次の瞬間。
音はなかった。
ただ、夏芽の姿が消える。
⸻
「っ——!?」
衛兵が反応したときには、すでに遅い。
柱の裏から飛び出した影。
短剣を持った刺客。
狙いは一直線——王座。
だが。
その間に、白い軌跡が走った。
「——」
無言。
抜刀。
一閃。
時間が、一瞬だけ止まる。
そして——
刺客の動きが、止まった。
次の瞬間。
崩れる。
首と胴が、分かれて。
血が遅れて噴き出す。
音は、ほとんどなかった。
夏芽は、すでに刀を納めている。
振り返りもしない。
ただ一言。
「排除、完了」
声は、平坦。
感情はない。
⸻
広間が凍りつく。
誰も、動けない。
王も、側近も、衛兵も。
ただ——
その場に立つ、細身の女性を見る。
血が床に広がる。
だが、夏芽の足元は一切乱れていない。
一滴も踏んでいない。
「……今の」
衛兵の一人が、かすれた声で言う。
「見えたか?」
誰も答えない。
見えていない。
理解もできていない。
ただ結果だけが、そこにある。
⸻
夏芽は、ゆっくりと振り返る。
いつもの表情。
柔らかく、静かな目。
「お怪我はありませんか」
王に向けて、丁寧に頭を下げる。
その姿は——
先ほどの“それ”と同一人物とは思えない。
王はしばらく言葉を失い、
やがて小さくうなずいた。
「あ、ああ……問題ない」
「よかったです」
ほっとしたように微笑む。
その温度差に、周囲がさらに混乱する。
⸻
離れた場所で、それを見ていた隊員が呟く。
「……あれが」
もう一人が、低く返す。
「白鬼神」
⸻
夏芽は再び、元の位置へ戻る。
何事もなかったかのように。
だがその目は、先ほどよりもさらに静かに鋭い。
次を探している。
迷いはない。
躊躇もない。
ただ——
守るために、斬る。
それだけ。
⸻
その日以降。
王城の記録には、こう残った。
【警護隊隊員・夏芽】
・対応速度:観測不能
・制圧精度:極めて高い
・危険度:味方でなければ最優先排除対象
そして備考欄には——
「静かすぎる」
とだけ、書かれていた。




